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ロボット家政婦が発明後の世界で、仕事をなくした家政婦はなにをするか : 情熱のミーム 清水亮

いずれそう遠くない将来、ロボット家政婦が登場するのは不可避だろう。その時、人間はどうするか

Shi3z , @shi3z
2017年3月9日, 午前06:00 in Robots
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「文化女中器」という言葉があり、これはSFの大家、ロバート・A・ハインラインの「夏への扉」に登場する家政婦ロボット「Hired girl」の日本語訳である。

すごい訳だと思う。
まあもとの英単語のインパクトもなかなかだ。

要するに女中、今風にいえば家政婦がロボット化したものである。

いまも既に文化女中器の邦画は、Roombaのようなロボット掃除機として現出している。
Roombaの延長上に万能文化女中器があると思えばイメージしやすい。Roombaに手が生えて、ゴミ掃除だけでなく荷物を片付けたり洗濯物をたたんだりしてくれるというイメージだ。アイザック・アシモフのロボットシリーズのように、あらゆる部屋にロボット用のニッチ(部屋に備え付けられた小部屋)が用意される日も近いかもしれない。


今のところ、Roomba(ルンバ)を起動するためにはある程度は部屋を片付ける必要があるが、それも不要になるかもしれない。


正直に言うとこの手の話はディープラーニング以前は夢物語に過ぎなかった。


しかしディープラーニングによってピッキング・・・つまり物を認識して掴む、という作業が飛躍的に向上した。このことは、時たまの失敗が許されるどうでもいいこと・・・たとえばゴミ捨てや洗濯物をたたんだり、靴下をペアにしてクローゼットに放り込んだり、冷蔵庫の中から残り物を捨てたりするといった一連の作業ができるようになる未来を示している。


こういうものが手軽に手に入るようになった時代を想定してみよう。それは5年後か10年後か、どちらにせよそんなに遠くない未来である。


そうすると家政婦はついに仕事をなくす。
それに絶望するかもしれないが、そもそも既に家政婦は仕事をなくしているとも考えられる。


女中または家事使用人、いわゆるメイドや執事などといった仕事は、北米などでみると一時期に比べれば減っている。


その原因は、女性の社会進出であると言われる。第一次世界大戦で男性の労働者が足りなくなり、そこを家事使用人を主に仕事にしていた女性を積極的に雇用することによって女性の職業の選択の幅が広がり、衰退していったと言われる。


また当然、ヴィクトリア朝時代とは家事の負担が異なる。
今や全自動洗濯機があり、食洗機があり、ロボット掃除機がある。これは家事労働の負担を大幅に減らす。

また、そもそも家事使用人は労働条件が信じられないくらい劣悪である。


住み込みのメイドは15時間働いたり、執事は一生結婚できなかったりする。


誰かの人生を犠牲にして金持ちがラクをする時代が終わりに近づきつつある。


ちなみに驚くべきことに、全世界的には家事使用人の数は増えていて、2010年のILOの調査では家事使用人は全世界で5000万人以上いることが分かっている。

このうち約4000万人はアジア太平洋地域と中南米・カリブ海地域であり、先進国では356万人しかいない。

家事使用人の地位はおしなべて低く、賃金の相場は月6万円程度だという。まあ住んでいる国と仕事にもよるが、たしかに月6万円で家事労働の全てを代行してくれるなら雇いたくなる気持ちはわかる。


でも、だとするとメイドを一年雇うなら、万能文化女中器は60万円でもお得ということになる。
すると世界の家事労働市場は一気に崩壊することになる。


しかし全く別の視点から考えてみよう。
そもそもなぜ人は労働をする必要があるのか。


この問に対して誰もが答えるであろう当たり前に思える答えは「生きていくため」である。
生きるためには家賃や食費や着るもの、医療費といったいろいろなものが必要で、これを手に入れるためにはお金が必要になる。


労働力をお金に変換するために、働き口を探す、ということになる。


人は生まれながらに労働をするようには出来ていない。
労働をするのは、資本主義経済というイデオロギーのミームを子供の頃から繰り返し繰り返し植え付けられるからだ。


 「パパはどうして毎日どこかへ行っちゃうの?」

 「仕事があるからさ」

 「どうして仕事をするの?」

 「仕事をしてお金を稼がないと、お前らを食わせていけないからさ」


そんな会話がどこの家庭でも繰り返し繰り返し語られ、「生きるために労働する」というミームが我々の思想の大部分を支配している。


ところが世の中には、まったく生きるのに役立たないどころか生存を危うくする仕事が数多くある。危険を伴う労働もあれば、やってもやってもぜんぜんお金にならない労働もある。前者はたとえば兵士で、後者はたとえばクリエイターである。


映画「ラ・ラ・ランド」の主人公のひとり、セブは売れないジャズピアニストで、自分の理想とするジャズをやろうとするが全く相手にされず貧困を極め、もがき苦しんでいる。


家族は問う。「どうしてもっとまっとうな仕事をしないのか」「どうして安定した仕事をしないのか」
この疑問は、当のセブ自身が内に秘めた強いコンプレックスとなっている。


好きなことをやって生きていこうとするとなかなか上手くいかない。
これはよく知られた現実だ。


特にアーティストやクリエイターが、それだけで生活の糧を得るのは極めて難しい。


もともと難しいことなので、評価されるのはもっと難しい。要は八方塞がりである。


しかし生きていかなければならない。だから好きな仕事でなくても生きるために働く。そういう人が世の中には大勢いる。いや、もしかすると世の中の大半の人は、そのようにして生きているのかもしれない。


仮に運良く好きなことを仕事にできたとしても、なにもかも上手くいくとは限らない。
仕事を手にして恋を諦めたり、恋を優先して夢を諦めたり、人間はいつも人生の中で幾つものトレードオフを経験する。


ロボットが単純労働をどんどん置き換えていく時、もしかすると人間はそうした葛藤から少しは開放されるかもしれない。


ロボットがロボット自身によって食料を得たり、資源を開発したりする可能性は十分ありえる。十分な資金と熱意さえあれば、いますぐロボット漁船を作ることが出来るだろう。ロボット漁船は生死のリスクなしで勝手に遠洋漁業に行き、勝手に帰港して勝手に水揚げし、港湾労働ロボットは水揚げされた新鮮な魚を築地ロボット市場に運ぶ。築地ロボット市場では、ロボット同士が最適なアルゴリズムでセリを行い、ここでセリ落とされた生鮮食品が都内のお店や各家庭に配られる。


このとき、必要なのは電力とロボットのメンテナンス費だけで、電力はロボット自身が開拓した資源によって賄われ、メンテナンスもロボット自身が行うことが出来るようになるとする。


するとロボットだけで人間にとって生きるのに必要な全ての仕事を賄うことができるようになる可能性がある。電力にしても、量子コンピュータが実現するとロボットの頭脳にあたる部分に必要な電力は現在の1/10000程度になる。


労働力の大部分がロボットに置き換えられると、人間は特に努力しなくても安全かつ安定して生存することができるようになる可能性がある。


そのとき「贅沢をしたいときにはどうすればいいか」という疑問が出て来る。
全ての労働力がロボット化した時代の贅沢とはなにか。


おそらく労働することそのものが贅沢ということになるだろう。


今の労働はおそらく全てレジャー化していくはずである。
これはこれから始まることではなく、既に起きていることだ。


たとえば戦争に行くのはいやだが、サバイバルゲームを愛好する人は大勢いる。
狩猟や採集はかつて生きるために必須の労働のひとつだったが、今はキノコ狩りやエアライフルで鹿を撃つことをレジャーにしている人も大勢いる。


要するにかつての労働がレジャーに変化している。
いま、レジャーをやるには金がかかる。


ということはベーシックインカムや無料の食事だけではレジャーへの出費を賄えない可能性もある。
人間は努力が好きなので、なにか努力するとお金が得られるような仕組みは用意してあげないといけないだろう。


たとえばそれはレジャーをやると報酬が得られるような世界かもしれない。
賭け麻雀のようなものだ。


みんながベーシックインカムで得たお金をいくばくかレジャーに投資する。
レジャーで勝利する(それがなんなのかはレジャーによって違う)と、他人より多くの貨幣を貰える。


こうした世界では、ウェイトレスやシェフや家事労働さえも一種のレジャーとして成立しているはずで、本来は応援が目的のチアリーディングが競技化したように、洗濯板でいかに汚れを落とすか競う競技洗濯や食器洗いコンテストとか家庭掃除コンテストとかが発生するかもしれない。


本来は人を殺すための手段に過ぎない剣術と柔術が剣道と柔道になったように、生活のための手段でしかなかった炊事洗濯がレジャーになることは有りえる。だいいち、既にお料理教室や料理そのものは趣味として成立しているではないか。その延長上である。


このような世界では、もはや既存の貨幣制度に頼る必要すらなくなっている可能性もある。
たとえば「いいね」を集めるとそのぶんお金が貰える、という世界も作ることが出来る。

 
するとみんな頑張って街を掃除して「いいね」を貰ったり、素敵な飾り付けをして「いいね」を貰ったりするとより多くのインカムを得られる。いわば人の関心が直接価値に変換される、直接貨幣社会の出現である。


重要なのは努力と評価に応じた富の再分配を行うことであり、その根拠はみんなが納得がいけばどんなものでもいい。「いいね」でダメならもっと別の評価関数を見つけても良い。


おそらく万能文化女中器の活躍する世界とはそのようなものなのだろう。
関連キーワード: AI, Robot, Robots, Roomba
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