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macOSのダークモードは停滞の現われ : 情熱のミーム 清水亮

この停滞を楽しまなきゃ損

清水亮, @shi3z
2018年6月6日, 午前10:50 in Macos
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先日、元アイドルの弓月ひろみさん(iPhoneケース展プロデューサー)に誘われ、「iPhoneケース展超前夜祭」に行ってきた。すると、漫画家の鈴木みそ先生やネットウォッチャーのおおつねさん、トーモの東さんらがいて、いつもの感じで盛り上がっていた。



そこで見たフォーカルポイントの新製品、名前は忘れたが骨伝導イヤホンが非常に出来が良く、普段はambieを愛用している我輩も鈴木みそ先生も動揺を隠せなかった。骨伝導イヤホンの場合、音はいいのだがボリュームを上げると痒くなってくるという問題と、意外とバッテリーがもたないという弊害があるため、併用することになりそうだ。場所をとらないのは両方ともいいよね。

それはさておき巷はWWDC騒ぎだが、これは本来、開発者向けのイベントであり、プログラムも書けないたんなるガジェット好きがわざわざ海を渡って見にいくイベントではない。むしろよかったじゃん、お情けでApple Watchの新バンドを発表してもらって。


しかし、それにつけてもWWDC 2018の見どころの少なさっぷりには懐かしささえ感じてしまう。あの「平べったいタブレット型Mac出る出る詐欺」に一喜一憂していた2003年から2005年までのスティーブ・ジョブ山先生のプレゼンテーションに翻弄されまくり、わざわざNABまででかけていって新発表ナシとか、徹夜で全裸待機して、満を持して登場したのがiPod HiFiだったときの衝撃(あの恨みは忘れまい)とか「これぞApple」だ。むしろ最近のAppleが少しサービスし過ぎというか、こういう焦らされる瞬間瞬間の積み重ねがあってこその新機種発表の喜びなのだよJK。新機能がmacOSの「ダークモード」って笑える。どうみてもWindows Vistaじゃん。

黒い画面のOSは流行らない、というジンクスを果たして新macOSは打ち破ることができるか? 古くはNewton、webOS、Windows Vistaそしてenchant......おっと、誰か来たようだ。

それは冗談として、画面が黒いほうがいいんだったら、10年も20年も前からAppleはとっくにやっていただろう。今までそうしなかったのは、それは正しくないと思えていたからだ。

そもそも、コンピューターの画面は元々黒かった。黒字に白だったのだ。なぜか? 諸説あるが、電力を節約できると信じられていたからだ。

もっとひどいのは、白を出さずに「緑は目にいい」という迷信を信じて、緑しか表示できないという、狂気の沙汰としか思えない「グリーン ディスプレー」というのが主流だった時代もあったことだ。

ちなみに筆者が小学生時代に学校で使っていたIBM5550のデフォルトは黒字に緑だ(フルカラーディスプレイなのに!)。今思えば、さすがWatsonを商品化して売っている会社である。この迷信を真に受けたフリをして独自の製品を開発するという伝統を忠実に守っているに過ぎない。スイスの精密機械時計のような拘り、ある意味で愚直、故に美しい。一方、日本人はセイコーのクオーツ時計を使い、PC-9801のデフォルトは黒地に白文字だった。当たり前だ。白いほうが見やすいに決まってる。

そんなときに颯爽と登場したのが、Macintoshである。まあ実際にはその元ネタであるXerox Altoである。

なにが画期的だったかといえば、まずAltoは画面が縦長だった。そして、文字は白地に黒文字だった。なぜか? 大半の書類は縦長で、白地の紙に黒字のインクで印刷されているからだ。

なんという説得力。さすがゼロックス。すべてが「紙基準」。

白地に黒字で印刷された書類と、画面を交互に見比べるのならば、同じ色使いのほうが見やすかろうという圧倒的説得力。紙と同じレベルの表現力を実現する、ただそのためだけにフルカラー(といっても8色だが)ディスプレーが全盛だった時代に敢えてのモノクロビットマップディスプレーを引っさげて市場に投入されたのがMacintoshだったのだ。この歴史を我々はゆめゆめ忘れてはならない。

にもかかわらず、今更、半世紀近く経って黒画面だよ。ネタ切れっていうのがバレバレ。

黒地に白文字は紙との互換性が低いということ以外にも問題があって、わりと滲んで見えるので細かい字が読みにくいというのがある。紙とディスプレーの違いはそういうところにもあるのだ。いや、そんなに黒地に白文字がいいんだったら、ホワイトボードはこんなに流行ってないと思うんだよ。黒板のほうがいいわけでしょう。

この、背景が黒か白か問題に関して、実際、僕自身も古くはZeptoPadというアプリで、当初は白背景に黒い描線を基本にしていたのだが、どうも「紙との違いがわかりにくい」という苦情が来てほとほと困った。仕方ないので白黒反転させたら、好事家にはウケた。しかし、やっぱり紙との違いが気持ち悪いのでiPad版で白地に黒に戻して、それをタブレット化するenchantMOONという端末をつくるとき、「やっぱり黒地に白い描線が浮かび上がるほうが未来っぽい」という理由で黒ベースのOSをつくった。見栄えは良かった。正直、液晶の出来も良くなかったし、白をたくさん表示すると電力を無駄に食うのでバッテリーライフの観点からも黒地に白は理にかなっていた。

けどね、そういう紆余曲折をやってる人間の、現時点での見解を申し上げると、やっぱり人が黒いものに白いものを書くという文化は、ちょっと異質だと思う。人類が開闢して2万年、たとえば粘土板に文字とか図とかを彫ってるときでさえも、凸凹の部分にできる陰、すなわち黒い部分を描線として認識してきたわけだよね。ということは、そもそも黒いものに白いもので書くというのが、とにかくなにか違うんじゃないか。

たとえばプレゼンの場合、黒地に白は嫌がられる。なんでかというと、印刷するときに無駄にトナーを使うから。セコい理由ではあるけれども、ひとつの真理ではある。

反対に画面に出すんだったら、黒地に白文字のほうがメッセージが伝わりやすいというのはあるかもしれない。けれども考えるプロセスに置いては、黒地に白文字は必ずしもプラスにばかり働かないんじゃないか。

たとえば、黒地に白い描線で絵を描いた人がいる。MOONのときはすごくたくさんいた。でもね、なんか変に見えるんだよ。

白地に黒い描線で絵を書いた時には感じなかった違和感が、どうもあるんだよな。白地に黒い描線を書いたとき、下手すると色を塗ってない部分にも色が乗りそうな気がするんだけど、黒地の場合、本能なのか先入観なのかわからないけど、なにか宇宙からやってきた異質なものに見えてしまう。そこにはどんな色も乗らないかのように。

もちろん光の三原色の原則でいえば、本来は黒いもののほうがいろんな色が乗る可能性がある。黒は0,0,0であるのに対し、白は1,1,1だから、画面上の白いキャンパスに色を乗せるというのは、実際には減算してるわけだ。

けれども人間の生まれながらのDNAの為せる技なのかなんなのか、僕にはよくわからんが、どうしても白地のほうがそこから先、書き足したり広がったりする気がする。黒地に白だと、なぜかすでに完成されているものに見えてしまう。不思議なものだ。

MOONは実際には白黒反転して使えるのだが、そのモードを使ったという人はほとんど現われなかった。少なくともそのモードで作品を投稿してくる人はほとんどいなかった。

それは最初に暗闇に光が浮かび上がる、あの妖しいイメージが良くも悪くもMOONというデバイスのキャラクターをつくってしまったせいだろう。

そんなわけだから、僕は新しいmacOSのダークモードにはどうも懐疑的である。やはりWindows Vistaの二の舞になるのではないかという気がしている。

Vistaは基本性能も低かったが、やはり全体的に黒っぽい画面そのものに問題があったのではないかと思う。
むしろみんながMS-DOSからWindowsへと移行したのは、黒っぽい世界からカラフルな世界(最初のWindowsは背景が緑っぽかった)への脱出であり、そこに良さがあったのではないか。

Vistaにおける黒要素と背景のミスマッチは致命的であり、たとえば背景にアイドルの写真なんかを置いた瞬間に話が通じなくなるような、そんな恐怖感さえうっすら感じなくもない。

こんなことを言っておきながら、僕もまた黒の魅力にとりつかれた人間のひとりであり、再び黒いなにかをつくるかもしれないが、ものをつくる環境としての「白バック」と、伝える演出としての「黒バック」にはなにか並々ならぬ因縁があるような気がしてならない。あくまで「気がする」程度だが。



こんな時代だからこそ、iPhoneの変わらない変化を楽しむのも一興である。冒頭のiPhoneケース展の本番は9月ということで、「前夜祭にしては早すぎないか?」と思ったが、フォーカルポイントのプレーンなiPhoneケースをデコって、ひとつの芸術的作品に高めるという誰得なのかわからない(そもそもケースとして使用することもおそらく不可能)なワンメイクレースに、心ときめかすのも太平の世だけの特権と言えるだろう。

停滞を嘆いても始まらない。江戸時代だって400年間たいして変化もなく過ぎたわけだから、むしろこの停滞を楽しまなきゃ損じゃないか。どうせ新しいiPhoneが出るったって、カメラの性能が上がって、ケースの互換性がなくなるだけだよ。たぶん。

そんなことよりOculus Go買おうぜ。
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