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稀代のAIロボット玩具 COZMOは、超絶カワイイあんちくしょう

かわいいうえに楽しい

清水亮, @shi3z
2018年6月19日, 午後12:40 in columns
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以前、アスキー総研の遠藤諭さんから見せられて気になっていたロボットおもちゃCOZMOが、ついに日本発売されたので買ってみた。

日本での発売元はタカラトミー。
当然ながら全てが日本語化されているので日本の子どもたちも安心だ。



電源を入れると、COZMOの顔にパスワードが表示される。やたら桁が多い上にハイフンもちゃんと入力しなきゃなんないのに注意。

COZMOのWiFiに接続したら、iPhoneでCOZMOアプリをダウンロードして起動する



なんと、あと何秒充電するか出てくる。
秒単位というのは初めて見た。

このCOZMO、なんといってもアプリの出来が良いのである。
だが真の感動は、起動してからにあった。




起動すると、自分の顔と名前を覚えさせることができる。


「ンーーーー」しばらく悩んでいるようだったが、突然、僕の顔をみて「シミズ!!」と叫んだ。

これはカワイイ!


我がアシスタントのS女史は梱包をひもとく僕を見て、「このロボット、ぜんぜんかわいくないですね」と失礼なことを言っていたにもかかわらず、名前を呼ばれると手のひらクルー。

「カワイイ!!」

最大10人まで覚えるらしいので社内の人間を次々覚えさせる。

楽しい。

さて、COZMOには3つのキューブも同梱されている。
 



これを使ってCOZMOといろんな遊びができるのだ。

具体的には、これをCOZMOが積んだり、タワーを崩したり、ゲームをしたりして遊ぶことができる。
このあたりのゲーミフィケーションは良く出来てる。



ニンテンドーラボにいまいちピンと来なかった人も、COZMOならすんなりと入れるのではないだろうか。
ニンテンドーラボの最大の問題点は、制作時間だった気がする。

結論を得るまでに時間がかかりすぎるのだ。

もちろんそれを乗り越えられればそこには壮大なクリエイションの世界が待っているのだが、ゲームのようなものをやりこんでいくという方向性と、クリエイションという方向性は全く似て非なるもので、それを強引に合体させようとした結果、ゲームマニアかつクリエイティブマインドを持った人でなければ突破できなかったように思う。


さすがの僕も「制作時間200分」とかの表示を見て「えーーーー」とゲンナリするのだ。
子供が暇つぶしにやるならいいのかもしれないが、たぶん完成する前に飽きるだろう。


それに比べるとCOZMOはインスタントである。


その上で、顔認識やマーカー認識といった、単純ではあるがAIならではの楽しさ、面白さといったものがちゃんと詰め込まれている。


そしてデフォルトの動作に飽きたらプログラミングして遊ぶこともできる。
極論すれば、入門としてはそれで十分なのだ。


表現力、ということでいえばCOZMOは確かにやや物足りない。
しかしAIと暮らす将来の現実を考えるのには必要十分な機能を備えている。


ラジコンにもなるし、プログラミングもできる。
繰り返し遊ぶといろんなトリックがアンロックされていくが、最初からプログラミングはいつでもできるようになっているというのも良い。


子供の指向にあわせて、すぐプログラミングしたい子はすぐにプログラミングへ、COZMOとのふれあいを楽しむ子供にはスキルのアンロックという形で、子供を自然に複雑な思考を理解できるよう導いていくよう導線が設計されている。


唯一、難点を挙げるとすれば、COZMO本体はAmazonで22000円程度で買えるのだが、遊ぶにはスマホが必須ということ。


Nintendo Switchを子供に与えている人は多いだろうが、スマホを子供に与えている家はまだ少数派かもしれない。まあお父さんのお下がりのAndroidでもいいかもしれないけど。


僕は子供にプログラミングを教えると称してScratchやViscuitを教えることには反対である。
まあ世の中にはいろんな考えがあるし、Scratchを教えるのがMITというブランド信仰もあってとりあえず正解、ということになっているのかもしれないが、これらを教えても子供はちっともプログラミングの本質を理解できない。


Scratchから入門して、キーボードをタイプするプログラミング言語に進める子供は極端に少なく、僕の肌感覚では1980年代にBASICに触れて、挫折した子供と挫折しなかった子供くらいの比率と同じである。要は多くてクラスに一人、学年に一人、くらいしか生きこのれない。それが本当にプログラミングを教えているということになるだろうか。


まだ感覚がつかめないとしたらこういうことだ。
小学生全員に義務教育で野球を教えるとする。


しかしグラウンドは服が汚れるし怪我をするおそれがあるので教室で野球ゲームのパワプロを遊ばせて「野球を学んだ」ということにする。


この方法のメリットは、先生が野球を全く知らなくても教えてるふりができることである。野球を一度もしたことがない先生でも教えることができる。


しかし、当たり前だが、パワプロを何万回クリアしようと野球選手にはなれないし、そもそも野球をやったことにはならない。


野球というものが何なのか知るためには、実際にグラウンドに出てピッチャーとバッターが対峙し、ボールを投げ、打ち、走るという経験を積まなければならない。


僕はごく常識的なことを言ってるつもりだ。
「すべての子供はプログラミングを学ぶべき」と言った人たちは、決して「プログラミングごっこを学ぶべき」とは思ってないということだ。


COZMOに搭載されているのもScratchに似たビジュアル言語だが、実態を持つロボットにプログラミングするという本質は、似ているがぜんぜん違う。


ロボットのプログラミングで子供が学ぶのは、「現実を変える力としてのプログラミング」であり、これはかなり抽象的な概念だからブロックでプログラミングすることに大きな問題はない。


しかしコンピュータの画面の中で起きていることをプログラミングするとき、そこには遥かに強力で壮大な世界が広がっており、これは人間の持つ現実世界の認識を変革するほどのパワーがある。それを扱うには、今の所は絶対にキーボードを使ったプログラミングをやらなければならない。そしてやらなければもったいないのだ。


それを学ぶのに、適当なものでごまかして欲しくないのだ。
カルネージハートは面白いゲームだしプログラミングを伴うが、それをやったことでプログラミングを学べた、と断定するのはかなり無理がある。


例えば、オブジェクト指向、継承、モジュール化、フレームワークというのはそれぞれが単独で強力な思想であり、他人の作り出した叡智を最短時間で、かつ最高の効率で活用するための方法論である。


算数と数学を分けるように、プログラミングもどきとプログラミングは明確に分ける必要がある。


まあこれはあくまで僕の主張であって、世の中には100人の教育者がいれば100通り以上の答えがある。
Scratchから入って立派なプログラマーになる人もいるかもしれない。そういう人は、パワプロから入ってメジャーリーガーになる人と同程度には存在するかもしれない。


とはいえ、僕のおすすめはこうだ。

まずCOZMOを買って子供に遊ばせる。AIの楽しさとロボットを操作することの喜びを感じてもらう、次に、COZMOをプログラミングする。かなり単純なことしかできないが、それゆえに子供が自発的に「もっとこういうことはできないの?」と興味を持ってきたときに、Raspberry Piを買い与え、Pythonを学ばせる。Raspberry Piを使えばロボットにも応用できるしPythonをやれば人工知能にも繋がっていく。Pythonはあらゆることが簡単にできるモジュールが揃っているので、複雑な概念を理解しなくても、まるで魔法のようにいろいろなことが実現していく。


Scratchは通らない。それは野球を学ぶときに素振りするのではなく野球ゲームを遊ぶようなものだからだ。


まあ、世の中にはいろんな考え方の人がいるし、この教え方の欠点は明らかだ。
この教え方では、本物のプログラマーしか子供に教えることが出来ない。
野球ができない人が野球のコーチをできないのと同じだ。


しかし本物のプログラマーは本来忙しい。
子供に教えるというのは基本的に金にならない。
時間給で言ったら、全く採算がとれないのだ。


ちょっとしたソフトを1時間で書く。まあどんなにしよぼいクライアントでも1万円はくれるだろう。つまりプログラマーの時給は少なくとも1万円くらいになる場合があるのである。ただし、そんな仕事をした日は他の仕事はしたくないから、だいたい日給1万円とかんがえられる。


なんだ、それじゃあ時給換算したら1000円くらいじゃないか、と思うかもしれない。しかし実働は1時間である。


もちろんすごいプログラマーは同じ時間で100万円の価値のあるプログラムを書く。
時給換算すれば10万円である。


まあそんなに美味しい仕事はめったにないからそううまくは行かないが、少なくとも子供にプログラミングを教えて同じ時給がとれるプログラマーはいないだろう。


経済の法則に従い、本物のプログラマーが子供を直接指導することは極めて難しい。


これを解決する方法は2つしかない。


ひとつは、引退したプログラマーが教えること。


職業プログラマーは精神的に辛かったり、体力的にきつくなることがある。知識はあるがそれを活用して金を稼ぐほど器用じゃない人もいる。この場合はこの人が時間あたりに生み出す価値が相対的に下がるので、本物のプログラマーでありながら子供に教えることができる。


たとえば僕がそうだ。僕はプログラミングを日常的にするが、それが本業というわけではない。自分の知識と理解を深めるために研究者としてプログラミングをしているに過ぎない。研究者、経営者の給料は時間給あたりで上下しないから、子供にプログラミングを教えてそれを研究することで本業に活かすことができる。


もうひとつは、プログラマーそのものを養成することだ。
人は学ぶ途中にある人ほど人に教えたくなる。ゴルフや釣りがそうであるように、プログラミングだって、覚えたての知識を共有したいという欲求は自然に湧いてくる。


ニンテンドーラボとCOZMO、全くアプローチの違う2つの商品だが、目指すところは結局似ているように感じる。一番らくなのは子供自身が自分でCOZMOを見つけ、自分でRaspberry Piにたどり着くことだが、どうなんだろう。最近COZMOはヒカキンの番組で紹介されてヒットしてるらしいけど。


そこからうまくプログラミングに繋がっていってほしいなあ。

関連キーワード: ai, columns, programming, RaspberryPi, robots, takaratomy, toy
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