5G
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新型コロナウイルスが再び感染拡大傾向にある昨今。政府が観光促進のため「GoToキャンペーン」を打ち出したものの、感染が拡大している東京都が対象から除外されるなど混乱が起きているようです。行政が社会活動のアクセルを踏むのか、ブレーキをかけるのかはっきりしない状況に、不安を抱く人が増えているのが実情のようです。

そうした報道を見ていて、筆者のフィールドでもある通信業界でも、行政の一貫性のない対応で混乱が起きているな……と感じた次第です。それはサービスを開始したばかりの「5G」や、その次の世代となる「6G」に関する取り組みで、行政がアクセルとブレーキの両方を踏んでいるかのような対応を取っていることです。

“アクセル”というのは、もちろん新しい通信規格に対する研究開発に積極的に取り組もうという動きです。日本では5Gの研究開発で主導権を取ることができなかった反省から、現在政府でも「Beyond 5G」、つまり6Gに向けた研究開発を積極的に進めようとしており、総務省では2020年1月より有識者会議「Beyond 5G推進戦略懇談」を実施。同年6月には提言を取りまとめています。

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▲総務省は2020年1月より有識者会議「Beyond 5G推進戦略懇談」を実施。6Gに向けて日本の国際競争力強化を図るための議論が進められてきた

その内容を見ますと、6Gの早期導入と国際競争力強化のために政府が取り組むべきことが示されています。具体的には2025年頃から要素技術を確立することや、6Gの必須特許シェア10%を取得すること、2030年度に44兆円の付加価値を創出することなどの目標が示されており、大阪・関西万博が開催される2025年に合わせて6Gの先行的な取り組みをアピールすることなども取りまとめられているようです。

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▲総務省「Beyond 5G推進戦略(概要)」より。6Gに向けた研究開発や知財戦略など、政府として取り組むべき具体的な施策がまとめられている

5Gでモバイル通信が社会インフラとして重要な存在となり得ることが認識されたこともあって、6Gに向けた取り組みは世界各国で積極的に進められています。それだけに日本の通信事業の競争力を回復させるうえでは、6Gに向け政府が積極的に動いて研究開発を積極支援しようとしていることは、明るい材料といえるでしょう。

では“ブレーキ”は何なのかといいますと、それは政権幹部が携帯電話料金の引き下げに対する言及が続いており、それが携帯電話業界に大きなマイナスの影響を与えていることです。既に2015年に安倍晋三首相、2018年に菅義偉官房長官が携帯電話料金の引き下げに言及しており、その都度総務省で有識者会議が実施され、携帯電話業界には多くの規制が設けられてきました。

特に大きかったのは2019年10月の電気通信事業法改正であり、通信料金を原資としたスマートフォン代金の値引きや、スマートフォンの値引き額、そしていわゆる“2年縛り”など、総務省が通信料金高止まりの“元凶”としてきた端末値引きや契約の縛りに規制がかけられました。これら規制によって、行政としては新規参入の楽天モバイルやMVNOなど、より安価なサービスへの乗り換えを促す狙いがあったと見られています。

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▲総務省「電気通信事業法の一部を改正する法律の施行に伴う関係省令等の整備について」より。低価格サービスへの乗り換え促進のためか、2019年の電気通信事業法改正ではいわゆる「分離プラン」の義務化や端末値引き上限規制などがなされている

ですが現在のところ、その思惑は大きく外れているようです。規制によって携帯電話会社(キャリア)を乗り換えてもスマートフォンが安くならなくなったことに加え、行政が大きな期待を寄せていた楽天モバイルもトラブルが相次ぎ、既存キャリアの競争相手となるには至っていません。それゆえ、消費者がキャリアを乗り換えるモチベーションが働かず、2年縛りが有名無実化されたにもかかわらず競争が大幅に停滞してしまっているのが現状です。

そうした状況に業を煮やしてか、菅官房長官は2020年6月末に再び携帯電話料金の引き下げに言及。現在も行政からの強い値下げ圧力が続いているようです。

しかしながらキャリアは相次ぐ行政からの要求に応えるため、幾度にわたって料金の見直しを進めてきたことは確かで、それが業績を落とす大きな要因にもなっています。実際NTTドコモは電気通信事業法改正に対応するべく新料金プランを導入したことで、2019年度の決算では大幅な減収減益を記録しています。

そこでキャリアは値下げで減少した収益を補うため、金融・決済などの別事業に力を入れるだけでなく、コスト削減を積極的に進めるようになりました。ですがコスト削減は企業としての余裕、特に研究開発につぎ込む余裕を失わせることにもつながってくることから、6Gに向けたキャリアの投資を落とすことにつながってくる懸念があるのです。

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▲NTTドコモの2019年度決算説明会資料より。行政の値下げ要請に応えたことで大幅に減った利益を補うため各社はコスト効率化に力を入れるようになり、そこには研究開発に係る費用の効率化なども含まれているようだ

6Gの研究・開発で日本が優位性を持つ上で、筆者はキャリアがどれだけ研究開発に力を入れられるかが重要だと考えています。日本の携帯電話業界は古くからキャリア主導であり多くの技術や知見を持っているとことが理由の1つですが、より大きな理由は、国内の通信機器ベンダーや端末メーカーにはもはや国際競争力がないほど弱体化しているためです。

国内のベンダーやメーカーの世界シェアはいずれも1%に満たず、生き残るのに精一杯という状況です。ここまで競争力を失っている企業が次世代技術の研究開発に積極的な投資ができるかというと、非常に難しいでしょう。

ゆえに国内でのBeyond 5Gに向けた研究開発は、企業体力があるキャリアやそのグループが主導することが求められるでしょう。実際、キャリア主導の研究開発が過去の通信規格の標準化などで大きな成果を残す事例は多く存在しており、特にNTTドコモの取締役常務執行役員である尾上誠蔵氏は、3Gや4Gの標準化とその普及に大きく貢献したことで「LTEの父」とも呼ばれ、紫綬褒章を授与するなど国内外から高い評価を受けています。

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▲NTTドコモの尾上氏は、3G・4Gの標準化などに大きく貢献し「LTEの父」とも呼ばれるなど国際的にも高い評価を受けている
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また2020年6月には、NTTドコモの親会社となる日本電信電話(NTT)が国内で通信機器を手がける日本電気(NEC)と資本業務提携をし、基地局などの無線通信機器の共通規格「O-RAN」に準拠した製品開発などで協力していくことが発表されました。こうした動きを見るに、6Gに向けてはキャリア主導による垂直統合型の研究開発が進められるとと考えられます。

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▲2020年6月25日にNTTはNECと資本業務提携を発表。この提携でNECはO-RAN準拠の基地局開発に力を入れ、同機器でグローバルシェアトップを目指すとするなど、5Gでの国際競争力強化を強く意識した提携であることが分かる

キャリア主導による垂直統合型の取り組みと聞くと、日本の携帯電話業界がかつて「iモード」など技術・サービス面で他国に大きく先行しながら、その成果を海外の市場開拓につながらず「ガラパゴス化」の象徴とされ、大きな批判にさらされたことを思い出す人も多いかもしれません。ですがその反省のうえで推し進められた水平分離の取り組みによって、日本の通信事業の優位性が大幅に失われ、国際競争力を大きく落としたこともまた事実です。

なのであれば、6Gに向けては日本の強みを生かせるキャリア主導・垂直統合型の取り組みに注力した方が、競争力強化につながるのではないでしょうか。そのために行政に求められるのは、研究開発を支援しながら料金値下げを求めて弱らせるというキャリアに対する対応の一貫性のなさを改め、国際競争力強化に向けたキャリアのあり方を改めてグランドデザインから考え直すことではないかと筆者は考えます。