菅政権肝いり政策の1つとして注目されている携帯電話料金の引き下げに関する動きが注目される昨今。今回はその中でも、総務省が2020年10月27日に公表した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」で注目された、乗り換えに関するいくつかの動きについて触れていきたいと思います。

総務省はかねて、携帯電話料金高止まりの主因とされる携帯大手3社の市場寡占を崩すべく、規模の小さいプレーヤーも公正に競争できる環境作りに力を入れてきました。分離プランの義務化や端末値引きの規制、いわゆる“2年縛り”を規制した2019年の電気通信事業法改正は、その象徴的な事例といえるでしょう。

そして今回のアクションプランでは新たな公正競争促進策として、番号ポータビリティ(MNP)の環境整備やeSIMの利用促進などを打ち出しています。そのなかでも動きが進んでいるのがMNPに関する施策で、総務省は2020年11月2日に「携帯電話・PHSの番号ポータビリティの実施に関するガイドライン」の改正案を公表して意見を募った後、2021年4月には運用するとしています。

▲総務省の「携帯電話・PHSの番号ポータビリティの実施に関するガイドライン」改正案(別紙)より。MNPの転出手数料無料化だけでなく、電話や店頭などで顧客引き止めのため特別な利益を提供することを禁止することも盛り込まれている

この案ではどのような点が改正されたのかといいますと、1つはMNPで転出する際に支払う手数料です。現在この手数料は各社とも3000円程度となってますが、改正案では「番号ポータビリティの利用者が負担する料金の額は、無料とすること」とされています。店頭や電話の対応時は一定のコストがかかることから「千円以下の額に消費税額を加算した額」まで徴収してよいとされていますが、Webで手続きする際は完全に無料にすることで、より転出しやすくすることを求めているようです。

そしてもう1つは「引き止め行為の禁止」です。これはショップや電話などで、MNPで転出しようとするユーザーに対し「転出を止めたらポイントをあげる」など、転出しようとした人だけに特別な利益を提供してとどまらせるなどの行為が横行しており、それが公正競争を阻害するとして総務省の有識者会議などでも問題視されていたことから盛り込まれたものとなります。

それゆえこのガイドラインがそのまま施行された場合、利用者がMNP申込みの意思表示した後に利益提供は一切できなくなり、引き止めに遭うことなく円滑にMNP手続きができるようになることが見込まれているようです。

そうした総務省の方針を受け、携帯各社もいくつかの動きを見せています。楽天モバイルは2020年11月4日に、MNP転出手数料だけでなく、契約事務手数料の無料化などを打ち出した「ZERO宣言」を実施していますが、政府の批判対象となっている大手3社も、相次いでMNP転出手数料無料化の方針を打ち出していました。

実際ソフトバンクは2020年10月28日に、2021年春よりWebだけでなく、店頭や電話でのMNP転出手数料も全て無料化することを発表。NTTドコモやKDDIはまだ具体的な策は示していませんが、決算説明会で共にWebでのMNP転出手数料を無料化する方針を示しています。

▲ソフトバンクは2021年春よりMNP転出料を無料にすると発表。Webだけでなく店頭や電話で手続きした際の手数料も無料にするとしていう

アクション・プランの公表以降、大きな動きがあったのはMNPだけではありません。利用促進が進められているeSIMに関してもいくつかの動きが出てきています。

スマートフォンなどのデバイスに直接組み込まれたeSIMはまだ知名度は低く、使っている人も限定されるのが現状です。にもかかわらず総務省がeSIMの利用を促進するのはなぜかと言えば、契約・解約ともに全ての手続きがオンラインで完結できるため乗り換えがしやすく、しかも解約時に店頭などでの引き止め工作に遭いにくいことが挙げられるでしょう。

そうしたことから総務省はかねてeSIMの利用促進に向けた施策にも積極的に取り組んでいます。実際2020年5月15日には、eSIMを提供する上で欠かすことのできない、遠隔でSIMの情報を書き換える「リモートSIMプロビジョニング」という機能をMVNOに開放するよう、携帯大手3社に要請しています。

MVNOは現状、自身でSIMを発行できる「フルMVNO」にならなければリモートSIMプロビジョニング機能を持つことができず、それがeSIMを活用したサービスの提供を阻害する要因になっていました。eSIMの利用を促進したい総務省は、携帯3社にこの機能をMVNOに開放させることで、eSIMを活用したサービスを大幅に増やすことを見込んでいると見られます。

▲MVNOがeSIMを利用したサービス提供するには現状、フルMVNOになる必要があることから、現在国内でコンシューマー向けにeSIMを用いたサービスを提供しているのは、フルMVNOとなったインターネットイニシアティブ(IIJ)のみだ

そうした総務省の方針を受け、eSIMのサービス提供に向けた動きも徐々に広がりつつあるようです。すでにeSIMを積極活用したサービスを提供している楽天モバイルは、2020年10月12日よりSIM交換手数料を無料化してeSIM搭載端末同士の移行をしたのに加え、2020年11月9日からはオンラインでの契約にeKYC(電子本人確認)を活用した「AIかんたん本人確認(eKYC)」を開始。eSIM搭載端末であればSIMの発行も不要で、申し込んでから即日通信サービスを利用できるようになりました。

▲楽天モバイルはeSIMとeKYCによる本人認証を組み合わせることで、オンラインで契約してすぐサービスを使い始められる仕組みを整えたとしている

また大手3社のうちKDDIが、シンガポールのCircles Asiaと提携して「KDDI Digital Life」という新会社を設立。デジタルネイティブ層に向け全ての手続きがオンラインでできるeSIM専用のサービスをMVNOとして提供することを打ち出しています。メインブランドの「au」ではなく、あくまで別会社での展開となりますが、総務省の要請でeSIMへの対応が求められる今後に備えた動きと見ることもできそうです。

▲KDDIは2020年10月30日、シンガポール企業と提携してeSIM専用の通信サービスを提供するMVNOを設立することを発表している

とはいうものの、これらの施策で乗り換えが本当に促進されるのか?という点には疑問が残ります。MNP転出手数料が無料になれば確かに乗り換えはしやすくなりますが、2年縛りが有名無実化して解約がしやすくなった現在、携帯3社の解約率が大きく上がっているかというと現実は全く逆で、むしろどんどん下がっている状況にあります。

その理由は端末の大幅値引きがなくなり、乗り換え動機が失われてしまったことです。そもそも携帯大手3社は世界的に見てもネットワーク品質が非常に高く、またメインブランドであれば全国各地にショップがあり、充実したサポートが受けられることから、消費者から見れば料金以外に大きな不満を見出しにくいのです。

一方より安価なサブブランドやMVNOに対しては、ブランドの弱さやサポート面の違いなどから、スマートフォンに詳しくない人ほど乗り換えに抵抗感を抱く人が多いのが現状です。それゆえスマートフォンの大幅値引きを総務省が規制したことで、消費者の乗り換え動機が失われ、競争が停滞してしまったといえるでしょう。

またeSIMに関していうならば、活用のためスマートフォンやインターネットに関する一定の知識とスキルが求められることを忘れてはならないでしょう。「Rakuten Mini」など楽天モバイルのオリジナル端末でeSIMを使う手順を見ても、オンラインで手続きを始めるにはまずWi-Fiに接続し、グーグルのアカウントを登録してGoogle Playからアプリをインストールし、QRコードを撮影してeSIMをダウンロードし……といった操作が必要で、これをスマートフォンに慣れていない人がするにはハードルが高いと感じてしまいます。

▲楽天モバイルの「AIかんたん本人確認(eKYC)」は、運転免許証や顔写真を撮影するだけで本人確認をオンラインで済ませられるが、それを利用するにはまずスマートフォンの使い方にある程度慣れていなければいけない

2020年10月8日に実施された武田良太総務大臣と携帯電話利用者代表との意見交換会でも、スマートフォンに詳しい知識が持たないがために安価なサービスの利用が進まないという現状が見えてきました。それだけにeSIMを導入したからといって、それを積極活用して携帯電話会社を頻繁に乗り換える人は、かなり限られてしまうのではないでしょうか。

MNP転出手数料無料化やeSIMの促進は、必要としている人からすればぜひ促進してほしい施策かもしれません。ですがこれまでの総務省の施策と結果を振り返るに、競争停滞の本質は乗り換えの障壁ではなく、携帯大手の充実したサービスに消費者が乗り換える動機を見出せないことであるように感じます。

それだけに現状を変え競争を促進するには、消費者のリテラシー向上や低価格サービスの認知拡大などに、大きな比重を置いた施策や議論が必要なのではないか、というのが筆者の思うところです。