(編集部: iPhone 6sの発表直前、"米MicrosoftのSurfaceをDellが販売する"という発表が国内外のPC業界を驚かせました。発表の真意について、テクニカルライターの笠原一輝氏に寄稿いただきました)

米国Microsoftが、PCメーカーのDellと新たなパートナーシップの拡大を発表した。Microsoft社の発表によれば、今回の合意に基づき、10月よりSurface ProタブレットおよびSurfaceアクセサリを、Dell社の北米の販路を通じて販売していき、かつ年内にはDellのWebサイトでの販売も開始する予定だという。

この発表を聞いて、すごく唐突な印象を持った人も少なくないだろう。そもそもPCメーカーであるDellが、OSを供給されているパートナー企業の製品とは言え、自社製品と競合する他社のPCを自社の流通ルートで扱うというのは常識で考えればおかしな話だ。それなのに、こうした展開を見せているのには、今PC業界で起きている地殻変動がその背景にある。


■モバイルファースト、クラウドファーストを打ち出したMicrosoft

現在PC業界は、大きな地殻変動の真っ只中にある。その震源は、PC業界のリーディングカンパニーのMicrosoftだ。2014年の4月にサンフランシスコで開催した"Build"において、Microsoft CEO サティヤ・ナデラ氏は"モバイルファースト、クラウドファースト"という新戦略を打ち出し、その後その戦略を着実に推し進めている。日本語に訳すとすれば、"モバイル優先、クラウド優先"ということになるが、それが意味することは非常に深い。

それが意味することを理解するには、現在の業界の競争軸がどこにあるのかを理解する必要がある。現在、業界の競争軸は、大きく言って3つある。1つはトラディショナルなハードウェアであり、2つ目がOSやアプリケーションソフトウェアなどのソフトウェア、そして3つ目にして最も新しい競争軸がクラウドサービスだ。
デジタルデバイス業界の3つの競争軸
デジタルデバイス業界の3つの競争軸

この3つの競争軸で、3つのプラットフォーマー(Apple、Google、Microsoft)が競争しており、その周辺にハードウェアベンダやアプリケーションベンダなどが存在している、そうした構造になっている。

元々、'90年代〜'00年代にはもっとシンプルな構造だった。プレイヤーはAppleとMicrosoftだけで、Microsoftが90%以上の市場を握り、Appleが残りを占めるという形になっていた。しかし、その状況を変えたのは、2007年にAppleが投入したiPhoneだ。

iPhoneで瞬く間に市場を席巻したApple、そしてそのAppleに対抗する形でAndroidを投入したGoogleが、スマートフォンやタブレットという"新しいPC市場"を作り挙げた結果、PC+スマートフォン+タブレットという3つの市場を合計した市場シェアでMicrosoftの市場シェアは15%程度になってしまった。これが、デジタル業界の歴史だ。

■クラウドファーストの本当の意味はクラウドサービスにビジネスの軸足を移すということ

そこで、反転攻勢に打って出る必要に迫られたMicrosoftが打ち出したのが、"モバイルファースト、クラウドファースト"だ。モバイルファーストに関しては説明する必要が無いだろう、スマートフォンやタブレット市場で出遅れたのがMicrosoft凋落の要因である以上、そこに力を入れるというのは当然の話だ。

だが、実はモバイルファーストよりもさらに大事なのが"クラウドファースト"なのだ。というのも、プラットフォームベンダ各社は、クラウドサービスを自社のプラットフォームに最優先に提供している。Appleで言えば、iTunesやiCloudだし、Googleなら個人向けにはGmail/Google Drive/Play Music、法人向けならGoogle Apps for Workになるが、これらのサービスはいずれも自社のプラットフォームであるiOS/Mac OS、Android/Chrome OSなどに紐付いており、他社のプラットフォームで利用すると様々な制限がついたりする。つまり、自社のプラットフォームを優先して魅力的なクラウドサービスを提供することで、自社のプラットフォームに誘導するそういう戦略だと考えることができる。

そこで、Microsoftはその逆の戦略をとる。同社が提供するクラウドサービス、Outlook.com、OneDrive、Office 365などのクラウドサービスを自社のプラットフォームであるWindowsだけでなく、iOS/Mac OS、Android上でも積極的にサポートしていく方針に転換している。その代表例は、Officeアプリケーションを、iOSやAndroidに対しても提供を既に開始している。これまでのWindows優先の姿勢からすれば天地がひっくり返ったような大転換と言っていい。

しかし、そうすれば自社プラットフォームであるWindowsへ顧客を誘導することはできないのではないか?という至極まっとうな疑問がでてくるだろう。もちろん、それはMicrosoftも織り込み済み。それは覚悟の上で、クラウドサービスをどんどん魅力的なサービスにして魅力を増すことで利潤を上げていく、そのために"クラウドファースト"という戦略を打ち出した、そう理解するのが正しい。つまり、従来はソフトウェアのレイヤーで、AppleなりGoogleと競争していたが、今後はまずはクラウドサービスのレイヤーでAppleやGoogleと戦っていき、そこで両社に打ち勝つことを優先していく、そういうことだ。

むろん、だからと言って、MicrosoftがWindowsへの投資をやめたということではないし、Windowsは、同社のクラウドサービスをよりよく使えるプラットフォームとして拡張を続けていく。同社がWindows 10をWaaS(Windows as a Service)と呼んでいるのはそういうことだろう。言い換えるなら、MicrosoftにとってWindowsはトッププライオリティではなく、2番目以降の扱いになっている、そう理解すればいいだろう。

■Microsoftのクラウドファーストが変えていくPCメーカーの戦略

Microsoftがそうしたモバイルファースト、クラウドファーストという戦略を強力に推し進めていく中、PCメーカーはどのように対処していくのか、それを象徴するのが今回のMicrosoftとDellの提携拡大と言っていい。

PCの売り上げが減少していると言われているが、その最大の要因は個人向けPCのリプレースの期間が従来よりも長くなっていることであって、実は法人向けの需要は大きな変化はない。もちろん、Windows XPサポート期間終了による特需の反動で昨年後半から今年の前半の落ち込みは小さくなかったが、今年の第4四半期から来年の第1四半期は、前年比で言えば成長に転ずるだろうというのが現在の業界の見通しになりつつある。

従って、PCメーカーとしては、個人需要の落ち込みを法人向けの需要を掘り起こすことで対処しようというメーカーは少なくない。Dellは元々法人向けに強いメーカーだし、現在では社内や流通チャネルを中心に強い営業力を持っている。それに対して、Microsoftはそうした法人営業の部隊を持っておらず、これまでSurface Pro/Surfaceシリーズを、同社のオンラインストアやリテールストア(Microsoftストア)を通じて販売してきた。個人向けにはそれでいいが、法人向けにはそれではダメだというのは明らかだろう。


そこで、法人向けの強力な営業網を持つDellが、法人向けにも強力なブランド力を持つMicrosoftの製品を扱い、Dell独自の保証プランを合わせて販売することで新たな収益源にできる。そしてMicrosoftは伸び悩んでいる法人向けのSurface Proシリーズの台数を増やすことができる。そうした両社の思惑が一致した結果、今回の提携になったと言える。

こうした法人向けのソリューションビジネスへの転換を図っているのは、Dellだけではない。東芝も国内市場こそ何も変わっていないものの、グローバルには個人向け市場から撤退を進めており、法人向けのソリューションビジネスへの注力を進めている。そこにこそ生き残りの活路を見いだしている、そういうことだろう。

■市場シェアを高めて残存者利益を狙うLenovo、市場シェア30%を目指すとLenovo幹部

こうした法人向けへのソリューションビジネスへのシフトを強める会社に対して、依然として個人向けの製品ラインナップを維持するメーカーもある。具体的にはグローバルPCメーカーとしてはシェアトップのLenovoはその端的な例だ。Lenovoは、9月の上旬にドイツのベルリンで開催されたIFAにおいて、多数の個人向けPCを発表した。PC業界2位のHPや、同3位のDellがIFAには出展どころか新製品の発表すらしなかったのに比べると対照的な動きと言える。

Lenovoが目指しているのは、シンプルにいって残存者利益だろう。個人向けのPC市場が縮小したとは言っても、依然として一定のニーズもあり、PCビジネスは依然としてビックビジネスだ。たとえ、個人向け市場が若干縮少しても、市場でのシェアを高めることで、出荷台数を維持したり、増やすことができるかもしれない、Lenovoが目指しているのはここにあるだろう。

実際、Lenovoの幹部は"市場シェア30%を目指す"と発言しており、現在20%前後の市場シェアを大きく延ばすことを目標としている。そうした市場シェアを増やすことができれば、市場での存在感が増し部材の調達コストを抑えることが可能になり、結果的に今後の主戦場となる法人向けのPC市場でも有利に戦える、これがLenovoの戦略だと考えることができる。

いずれの戦略が正解なのか、今のところはわからない。ただ1つだけ言えることは、Microsoftの大きな戦略転換により、PCメーカーはダイナミックに変わりつつあり、今後合併や撤退などが進み急速に形を変えていくことになるだろう。