10月10日に発売されるiRobotの「ルンバ980」。2002年にルンバの1号機を世に送り出し、以来10年以上にわたり、ロボット掃除機市場をけん引してきた先駆者であるiRobot社が、現在では国内外の様々なメーカーが参入し、凌ぎを削るロボット市場にあって、このほど満を持して解き放ったのが、同社創設者でCEOを務めるコリン・アングル氏が"ルンバ史上最強・最高峰"と自信を見せる新商品だ。

日本では12万5000円 (直販価格)と、決してすべての消費者に手が届きやすい価格ではないものの、これまでのルンバとは一体どのような進化を遂げたのか、他の競合製品と比較してどのように優位なのかについて、製品開発責任者であるiRobotのダイレクターで、プロダクトマネジメントを務めるケン・バゼドーラ氏に訊ねた。

システマチックとランダムの融合

ルンバ980の新しいテクノロジーとして、まずは挙げられるのが、「vSLAM(Vidual Simultaneous Localization and Mapping)」の搭載。SLAMとは、室内の地図を作成し、自身の位置を推定しながら自走するための技術だが、既にネイトロボティクスをはじめとするいくつかのメーカーのロボット掃除機で採用されている。ルンバはこれまで、「iAdapt」と呼ばれる独自のテクノロジーで本体のナビゲーションを行ってきたが、新たにvSLAMの技術が組み合わさり、「iAdapt 2.0ビジュアルローカリゼーション」と称するナビゲーション機能を実現した。

つまりこれは数十のセンサーで室内の状況を検知しながら、人工知能で部屋の状況や汚れ具合などを判断し、最適な行動パターンを選択して本体を動作させるという仕組みだ。実際にはプログラム化された動きをしているが、見た目が不規則な動きであることから"ランダムナビゲーション"とも呼ばれる。iAdaptはすべての情報を分析し、指令を伝達するという頭脳と神経系統のようなルンバの中枢の役割を果たしている。

ルンバ980の開発秘話を語ってくれた、製品開発責任者を務める、iRobotのダイレクター、プロダクトマネジメントのケン・バゼドーラ氏。

一見ランダムな動きをするルンバは、SLAMを搭載するロボット掃除機メーカーからは「非効率」「掃除に時間がかかる」と揶揄されることが多かった。これに対し、コリン・アングル氏は1年前に来日した際に「システマチックな動きは効率がいいが、1度の走行でゴミが取りきれなかった場合には取り残してしまう。どうせルンバが自動で掃除するのだから、時間がかかってでも何往復も行き来するほうが取り残しが少ない」と反論した上で、価格と技術的な安定性を考慮すると、SLAMの搭載はまだ時期尚早であるという見解を示していた。

ところが今回、それからわずか1年足らずでSLAMを搭載。しかし、厳密に言えばランダム方式を捨てたわけではなく、「これまでの技術の延長線上に新たにSLAMも加えたことで、より広い範囲で精度の高いゴミ除去を可能にするというニーズに応えた」とバゼドーラ氏は話す。

どの位置にどの角度で搭載するのが最適なのか、議論が重ねられたカメラ。あくまでSLAM用に実装されたもの。"ワンミッション、ワンロボット"の理念を掲げるiRobotとしては、室内の様子のモニタリングなどを行う用途に拡張する方向性は考えていないとのことだ。

状況認識にカメラを使った理由

また、室内の状況を認識するキーデバイスとしてはカメラを選択。カメラで周囲を撮影した画像から家具の角などの特徴点を抽出して、物体の形や場所を記憶して地図を作成する。さらに、過去のデータと位置の座標を比較して、自分の位置を推定する。加えて、底面にあるフロアトラッキングセンサーにより、光学マウスの要領で方向や移動距離を計測。その他車輪部にあるエンコーダーなどによる感知も行い、より正確なマップを作成する。

新製品発表会の席では、カメラを選択した理由はコスト面からの判断と明かされていたが、バゼドーラ氏はもうひとつの理由を次のように語った。

「我々は、以前から『AVA』というテレプレゼンスロボットで、vSLAMを実験的に使ってきた。しかし、それはあくまでもレーザーベースのマッピング技術。今回、我々がやらなければならなかったことは、これまでの800シリーズで使っていた技術をベースに、ローカリゼーションとマッピングを行うこと。その上ではカメラと底面のフロアトラッキングセンサーのほうが都合がよかった。さらに、将来、応用分野が広がるという拡張性からもカメラを採用した」

"フロアトラッキングセンサー"。マッピングするために使うもので、いずれの方向に行くべきかを、床の状態から感知する。

そして本体にカメラを実装するにあたって、特に検討されたのがカメラの向きだ。「どちらに向けるのがいいのかというのをいろいろと考えた。真上はもちろん、真正面や斜めに向けることも360度見渡すということも考えた。しかし、天井というのは個人の家ではあまり物がない。つまり天井をカメラが見てもあまり意味がない。カメラがまっすぐ進行方向に見てもぶつかってしまう可能性がある。そこで、カメラに角度をつけて内側から斜めに見るのが一番いいのではないかという結論に達した」とバゼドーラ氏はその苦労を明かす。

一方、清掃性能でも今回ルンバは大きく変更している。吸引力の要であるモーターユニットを「ハイパワーモーターユニットG3」にバージョンアップ。吸引力をこれまでの最大10倍にまで引き上げた。

一般的にモーターユニットは強力になればなるほど出力が大きくなり、大型化される傾向にある。ファンも含めると、本体内部で占めるスペースは必然的に拡大せざるを得ない。しかし新製品では直径、高さともに従来製品のサイズを維持したまま。バゼドーラ氏によると、そのために採用されたのが、エネルギー密度が非常に高いリチウムイオンのバッテリーだ。

「1立方センチメートルあたりの電池の容量は非常に大きくなっている。バッテリーサイズ自体は同じだが、その中に詰め込めるエネルギーの量を多くして効率化し、パワーはアップしてもモーターが大きくなるのを回避した」

モーターはダストボックス内に装備している。

吸引パワーを計測して床の材質を判断

新しいモーター以外にも、今回ルンバにはvSLAMを実現するために、多くのものを実装している。前述のとおり、カメラをはじめ、フロアトラッキングセンサー、ナビゲーション用の基板、Wi-Fiといった多くのものを中に詰め込む必要があった。そのような設計上の課題を解消するために、どのような工夫がなされたのか、バゼドーラ氏は次のように明かしてくれた。

「例えば、表面実装されたコンポーネントをたくさん使った。そしてもうひとつ機械技術者が非常に苦労したのが、機械工学の技術を駆使して、とても小さな精密部品を作って中に入れたことだ。何年か前に比べると、機械技術者が使っているツールというのは、比べものにならないぐらい優れたものを使っている。そういうものを駆使して、今のようにたくさんの部品を詰め込むということにチャレンジした」

そして新しいルンバの設計にあたって活躍したもうひとつの技術が3Dプリンターだ。「初期のルンバ980の試作品は3Dプリンティングでパーツを作った。以前は成形した樹脂を用いたり、光造影という技術を用いてテストを行っていたが、3Dプリンティングはたくさんの試作品を短時間で安価に作ることができるというのが大きい」と、3Dプリンティング技術が設計・開発現場でもたらすメリットを話す。

"AeroForce エクストラクター"と呼ばれる、ゴムのような特殊素材でできた2本のブラシにより、バキュームのような効果ですき間との密着度を高めているルンバの吸引部。今回この部分にかかる力を感知するセンサーを追加して、床材を見分けて吸引力を制御するシステムを新たに採用した。

ルンバ980では、新たに"カーペットブースト"と呼ばれる機能も追加されている。これは、床材を見分けて吸引力を最大10倍に引き上げる機能で、カーペットやラグの上といった吸引抵抗の多い床面でもしっかりとゴミを取り除く。

具体的な仕組みは、"AeroForce エクストラクター"という、これまでの最高峰モデルであったルンバ800シリーズから搭載されたゴムのような特殊素材の吸引ブラシを制御する基板にあるセンサーを用いて、吸引時にどれくらいのエネルギーが使われたのかを計測して床の種類を判断して出力を変える。バゼドーラ氏は「この仕組み自体は800シリーズでもやろうと思えばできたことだが、今回ハイパワーのG3のモーターを搭載したことで意味がある」と、前回見送られた理由を説明した。

「高機能になり、実装する部品が増えても、ルンバのこの直径と高さと形状はなんとしてでも死守する」と話す、バゼドーラ氏。

丸くないルンバも選択肢にはあった

今回、システムそのものが大きく更新されたルンバだが、前述のとおり、直径と高さにこだわり、その形状そのものを変えることはなかった。今、市場には円形以外の様々な形状のロボット掃除機が登場しているが、パイオニアであるルンバとしては、現状のこのカタチが最適解であるという考えは変わらないようだ。ただし、それはあくまでもトレードオフという考え方で、円形が"絶対"ではないとバゼドーラ氏は強調する。

「丸い形というのはまず幅が必要。そのため、ある所に入っていこうとすれば、それなりの幅がないともちろん入っていけないところも出てきてしまうという問題がある。丸以外の形では、例えば四角であれば本体自体の容積が増えて、中にバッテリーとかいろいろなものを詰め込むことができるというメリットがある。そして部屋の角の清掃ということでは、四角いほうがいいかもしれない。しかし問題は回転できないこと。例えば椅子の脚元など家具の周りでは回転した時にぶつかって掃除ができない。実際の家というのは、いろんな家具や狭いスペースがあったり、角があったりする。そこで一方を立てればもう一方が立たない。ルンバの開発をするにあたって、我々エンジニアは初期の段階からいろいろな形を試してきて、今回は丸にしたけど、次は別の形にしたらどうかといった議論もしているが、常に最終的にはこの形に戻ってくる」

Wi-Fi経由でスマートフォンと連携が可能になった新しいルンバ。リモート操作系の機能は現在は、スタートと停止のみ。「これまで同様、誰にでも使える直感的な操作性にこだわる」と話す。

ルンバは従来からシンプルな操作性にもこだわりを持つことでも知られる。基本は中央の大きなボタンを押すだけで操作が完了する。しかし、新しいルンバではWi-Fiを搭載し、スマートフォンでの操作を可能にした。スマートフォンでの操作は既に他のメーカーのロボット掃除機でも行われており、それほど目新しい機能ではない。さらに現状は、運転/停止と、スケジュール機能というシンプルなものに限られており、期待していたほどに多くのことはできない。今後のファームウェアの更新次第でいろいろな機能が拡張されることを期待したい。

スケジュール設定はすべてスマホから行う。スマホで使いなれた操作インターフェースを踏襲し、直感的に使える仕様になっている。

スケジュール機能はスマホにまかせた

むしろ興味深いのは、スマートフォンに対応したことにより、従来からの本体側でのスケジューリング設定機能を完全になくしてしまったことだ。今後もルンバのカスタマイズ的な設定はスマートフォンを通じて行うことになるだろうが、今回そのような思い切った決断に至った理由には様々な要因があるとのことだ。

まずは従来の操作性の見直し。バゼドーラ氏によると、スケジューリングは以前から要望の多い機能でありながらも「インターフェースになじみがなく、利用法がわかりづらいために、使われていなかったという実状も把握していた」という。「ルンバで必ずしも家全体を掃除するわけではなく、ピンポイントにルンバを動かしている人には、スケジューリング機能の必要性があまりなかった」とも話した。

新しいルンバを設計するに際して、ルンバ上にスケジューリング機能を残すということももちろん検討されたという。しかし、「デザイン上の理由もあるが、スケジュール機能を本体に置けばロボット自体のコストも上がってしまうことになる。スケジューリング機能を使わないという人も当然いるので、トレードオフの考えで今回はスマートフォン上での操作に絞ることになった。スマートフォンは、ルンバの初期の段階では世の中に存在しなかったもので、そもそも選択肢のなかった操作インターフェース。そういう意味では逆の発想でもある」とバゼドーラ氏。

ダストボックスのゴミ捨てや本体の手入れの時期の目安をスマホの画面から確認できる。

ルンバには、"バーチャルウォール"と呼ばれる赤外線で疑似的に壁を作り、侵入を防ぐ付属品がある。これも今回刷新され、"ヘイローモード"という半円状にバリアを作るモードが追加され、大きさそのものも随分小型化された。しかし、マッピングを行うSLAMの技術が搭載された上に、スマートフォン上でも操作が可能になったのであれば、ユーザー自身がマップ上で任意の範囲を指定することも可能なはずだ。ユーザーにしてみれば、物理的な物体を置いたりせずに、より細かな侵入禁止エリアを設定できるほうがより使い勝手がいい。

素人でも容易に思いつくこのような発想の機能をiRobotが考えていないわけがないであろう。そこで、現段階ではそうした機能を実装していない理由をきくと、次のように答えてくれた。

「本体で全部マッピングできるので、将来的にはバーチャルウォールをなくすことはできると思う。ただし、それを信頼性の高い方法でどのようにやったらいいかというのはまだ考えられていない。また、ユーザーがスマートフォン上でわかりやすい方法で行えるように設計するということも重要になる。将来的には、目に見えないもののほうがいいかもしれないが、今はまだ直感的に使える、目に見える物理的な方法を採用している。現在、ロボットが自走して掃除して、自身でまた充電台に戻ってということができるが、SLAMやスマートフォンといった技術をどうやって使えばより効果的になるのかというのをこれからまた学んでいきたい。今言ったことも次の世代ではできるようにしたいと思っている」

清掃履歴の確認ができ、ルンバが何平方メートルの広さを何分かけて掃除したかなどがわかる。

片付けしながら掃除するロボを目指す

ルンバは今回、Wi-Fiにつながったことで、"初の家庭向けクラウド対応製品"とも謳う。発表会のコリン・アングルCEOのプレゼンテーションでは「vSLAMにより部屋の中のどの位置に物があるかがわかることで、物を拾ったりするロボットが可能になる」と、腕のようなものを持つ人型のロボットの写真を見せながら話したことが印象に残った。

人のように障害物を動かしながら掃除ができるロボット掃除機の登場は多くの人が待望するところだが、ルンバは実際にそのような方向性を目指しているのだろうか。その実現の可能性と課題について訊ねたところ、次のように話してくれた。

「ルンバ自身が物を動かしながら掃除するというのは本当に夢だと思う。しかし、そのためには実際に対象物を検知する以外にも、その対象物が何であるのかということも検知しなければならない。今のカメラでもある程度のことはできるが、対象物が何であるかを認識することをできるようになるためには、もっと性能のいいカメラがまず必要。クラウド上ではもっと多くの計算ができるようになるので、それと組み合わせて使っていくこと、プラス人工知能の働きで将来できるようになるだろう」

細かな操作・制御インターフェースはすべてスマートフォン側に移行。本体は電源/停止ボタンと、ホームボタン、スポットモードのみに絞られた。

つまり今回の新製品の発表は、性能の向上や新機能の追加と同時に、ある種の今後のルンバの進化のロードマップをも想起させる、非常に大きな技術革新を含むものということになる。

しかし、「ただ、将来の拡張性を考えた場合に、このロボットをそのままそういった用途に使っていくことはできない。拡張的な用途に使うためには、例えば配線板とか基板とかいったものを当然設計変更しなければならない」とバゼドーラ氏。だが、そうは言いながらも「ソフトウェアやアルゴリズムそのものは、こういった方向に向かう拡張性があるというふうに理解してほしい」と述べ、将来のインフラにつながるアーキテクチャとしても、ルンバ980という形で示したことを明かしてくれた。

多種多様なロボット掃除機が市場に溢れるようになった昨今だが、iRobotが改めてロボットメーカーであることを実感した今回のインタビュー。様々な機能で他社が猛追するが、先駆者であるiRobotが考えるロボット掃除機の未来は、既に次元が違う方向で歩み始めている。

"バーチャルウォール"も片手で握れる程度のスリムでコンパクトなサイズになり、部屋に常設していてもあまり邪魔でなく、目立たなくなった。

インタビュアー えみぞう(EMIZO)
サブカル系書籍や週刊誌の編集を経てフリーに。現在は、家電系の取材を積極的に行うが、興味があれば何でも対象にする無節操ライター。一児の母でもあります。