ビル・ゲイツ、ポール・アレンを追悼。「彼はコンピュータが世界を変えると予見していた」

「アイデア・マン」に憧れていた「行動する男」

Kiyoshi Tane
Kiyoshi Tane
2018年10月18日, 午前 06:50 in Personal Computing
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現在は慈善活動家として知られるビル・ゲイツ氏は、ともにマイクロソフトを創業した故ポール・G・アレン氏を、自身のブログにて追悼しています。

ゲイツ氏とアレン氏は単なるビジネスパートナーではなく、起業以前からコンピュータへの情熱や世界を変革する夢を共にした無二の友人同士です。その出会いや一生の転機となった出来事、アレン氏の人となりや個人的な想い出が、ゲイツ氏の言葉で切々と綴られています。2人の出会いは、レイクサイドスクールという中高一貫の名門校にて、ゲイツ氏が中学1年生だった頃に遡ります。アレン氏は2歳年上で、「本当に背が高く、コンピュータの天才だと分かった」とか。そして学校に最初のコンピュータが導入されると、一緒につるむようになり、「暇さえあれば手元のコンピュータをいじくり回していた」と振り返っています。

その当時の写真が、下の画像です。向かって左がアレン氏で、真ん中に学校の友人を挟んで右がゲイツ氏。
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アレン氏は「アイデア・マン」と呼ばれるほどに夢想家で、ゲイツ氏はリアリストで通称が「行動する男」。それほど性格が正反対な2人でしたが、ゲイツ氏は次のように回想し、友人の洞察力こそが「私達の共同事業の礎となった」と高く評価しています。

ポールは、コンピュータが世界を変えるだろうと予見していました。すでにハイスクール時代、私たちの誰もがパーソナルコンピュータが何なのかを知る前に、彼はコンピュータチップが超強力になり、最終的に全く新しい業界を生み出すと予測してたんです


実際、マイクロソフトの起業がアレン氏の衝動に端を発してたのは広く知られていることです。それは1974年12月、2人がボストン地区に共に住み、ゲイツ氏はハーバード大学に進学し、アレン氏は大学を中退してプログラマーとして働いていた当時の出来事でした。

ある日、彼は私に近づいてきて、一緒に本屋に行こうと誘いました。私たちが店に入ると、、彼はポピュラーエレクトロニクスの 1月号の表紙を見せたんです。そこには、強力な新しいチップを搭載したAltair 8800という新しいコンピュータが載っていましたね。ポールは私を見て、こう言った。「これは俺たち抜きで起こっているんだ!」その瞬間が私の大学のキャリアの終わりであり、私たちの新しい会社、マイクロソフトの始まりとなりました


そうした本人の回想録、あるいは伝記作家の筆により広く知られたエピソードのほか、10代のときにゲイツ氏がガソリンに興味を抱いていたとき、アレン氏は「精製」とは何かを明確かつ面白い方法で説明してくれたという逸話もあり。天才と名高いゲイツ氏が「彼は複雑なテーマを簡単な方法で説明できる、広い視野と特別な才能を持っていました」と憧れの目を向けるさまには、深い感慨があります。

そしてアレン氏はジミー・ヘンドリックスにハマっていたとき、ゲイツ氏のために「アー・ユー・エクスペリエンスト?」を弾いてくれて、音楽の楽しさを分かち合ってくれたとか。「彼は人生とまわりの人々を愛し、それを表現していた」という語りに、その人となりが浮かび上がってくるようです。

ゲイツ氏は「ポールについて考えると、家族や友人を愛していた情熱的な想い出が蘇ります。また、偉大なことを成し遂げた素晴らしい技術者と慈善家だった姿を覚えています」と故人への追悼を捧げています。

最後の一文。「彼はもっと生きるに値する人だった。彼はそれだけのことをやり遂げてきた。彼を失って、本当に哀しい」と65歳の早すぎる死を悼む言葉には、ゲイツ氏の真情が注ぎ込まれているようです。
 
 

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