日産ブースで複数の関係者に話を聞いたところ、基本デザインはほぼこのままで、市販EVとして製品化される計画であることが確認できました。
ツインモーターによる4輪駆動
日産リーフがフロントに1基のモーターを搭載する前輪駆動であるのに対し、このアリア・コンセプトは前後にモーターを1基ずつ搭載するツインモーターです。両モーターの駆動力を緻密に制御することで、優れた発進・加速性能を発揮でき、また滑りやすい路面では最適な駆動力が得られるという利点があります。このシステムには、日産がこれまでエンジンとギアボックス、プロペラシャフトで機械的に行ってきた4輪駆動の技術が活かされているそうです。つまり、動力装置は違っても、どんな状況でどのように前後の駆動力を調整すれば効果的な走りができるかという、これまで培ってきた知見はそのまま応用可能というわけです。
「我々にはアテーサの誇りがありますから」と、日産グローバルデザイン本部デザインビジネスマネジメント部でデザインPRを担当する畑中亮治氏は語ります。アテーサ(ATTESA:Advanced Total Traction Engineering System for Allの略)とは、1980年代に日産が開発した4輪駆動システムで、単純に前輪と後輪を直結して駆動するのではなく、舗装路におけるコーナリング時には前輪と後輪の回転差を制御することで、スポーツ走行に使えるという特長を持っています。日産はこの「ただ発進加速が良いだけではなく、ちゃんと曲がる4輪駆動」を、電気自動車では「モーターを使って電子制御でやろう」と取り組んできました。
畑中さんによれば、これが「ツインモーターでやってみたら、今まで(エンジンやプロペラシャフトを使う)よりも簡単にできた」とのこと。アリアはショー展示用のコンセプトカーですが、実際にこの仕組みを「市販できる状態にかなり近いところまで」仕上げて搭載しているそうで、「けっしてハリボテじゃございません(笑)」と、畑中さんは胸を張ります。まあ、実際ハリボテを展示している自動車メーカーも東京モーターショーには少なくないので。
アリアに搭載されているバッテリーやモーターの性能は「何馬力とかスペックははっきりと申し上げられないのですが、リーフ以上に進化している」とのこと。「是非、市販モデル発表時のスペックを楽しみにしていただきたい」と、畑中さんは自信を覗かせます。
広々とした車内
また、おそらく市販モデルにもそのまま使われることになるアリアのプラットフォームは、EV専用に開発されたもので、その特徴は「室内がとっても広い」ことだと畑中さんは言います。フロントにエンジンはなく、駆動力を後輪に伝えるためのプロペラシャフトもありませんから「それによって多くの荷物が載せられるということも、もちろん考えられるのですが、アリアではその空間を5名の乗員が車内で快適に過ごすことにフォーカスしました」とのこと。
例えば、フロントにエンジンが載っているクルマでは、ドライバーの足元にエアコンのモーターやブロアやダクトが配置されていますが、「アリアでは、それらを全部ボンネット内に移しました。だから前席の足元が広々としています。室内は完全にフラットで、結構立派なセンターコンソールが備わっているのですが、それが前後にスライドします」と、畑中さんは説明します。
ドアを開けるとそのフロアを照らして、視覚的に広さを感じさせるアンビエント照明も装備されているそうですが、それが市販モデルにも採用されるかどうかは「ちょっとまだ言えない」とのこと。最近のトレンドを見れば、その可能性は高いでしょう。
空力と美しさの両立に苦労
次にデザイナーである日産グルーバルデザイン本部 第二プロダクトデザイン部の田子日出貴氏に話を聞いてみました。リーフが一般的なハッチバック車であるのに対し、アリアは最近流行のクーペ風ルーフラインを持つクロスオーバーSUVとなっています。
これは、日産が次にクーペ風クロスオーバーSUVの電気自動車を発売するという意思表明と捉えてよいのですね、と尋ねると、「はい。そう考えていただいて結構です」とのお答え。基本的なデザインは「ほぼほぼ、このまま」市販モデルに受け継がれるとのことで、実際にこのコンセプトカーも、すべて現実的な要件に基づいて完成させているそうです。LEDを使った薄型のヘッドライトも、ちゃんと公道走行に必要な規定を満たしています。
田子さんによると、デザインで苦労された点は2つ。まずは、見た目の美しさと空力性能を両立させること。EVではエンジン車以上に空気抵抗が、全体の燃費ならぬ「電費に占める割合いが大きい」といいます。空気抵抗を抑えようとすれば、側面が平らで、四隅は角張った形状がベストということになります。しかし、それでは単なる四角い箱のようなクルマが出来上がってしまう。かといって流麗なデザインにするために、ボディの面に「抑揚を付けると基本的に空力は悪化する」。そこで悪化した分を、細部のデザインで「どれだけ取り戻せるか」ということに苦心したそうです。
例えばアリアのデザインを見ると、丸みを帯びた全体のスタイルの中でも、前後バンパーの両サイドはエッジが立っていることが分かります。後方に突き出したテールランプも側面が平らな形状で、空気の流れを整える効果があります。
リア・ウィンドウは「立ちすぎても寝かせすぎてもダメ。最適な角度の範囲がある」そうで、それをクーペ風のルーフラインとうまくつなげてスリークなスタイルにまとめることに苦労されたとのことでした。
フロントグリルの役割が変わる
デザインの上でもう1つ困難な課題は、日産が「プロパイロット2.0」と呼ぶ半自動運転システムに欠かせない多数のセンサー類を「どのようにうまく組み込むか」ということだったそうです。基本デザインが仕上がってから、必要なセンサー類をそのまま追加していくと「どうしても後付け感がでてしまう」ので、「全体の中に溶け込ませることに苦労した」と田子さんは言います。
そこで、フロント側で必要なセンサーやレーダーは「全部グリルの中に収めました」。フロントにエンジンを搭載するクルマでは冷却のために不可欠なグリルですが、EVでは最近のテスラ車のように、このグリルを廃止もしくはごく小さくして、視覚的にEVであることを主張するデザインが現在は主流です。
しかし、日産のデザイナーはこのグリルに「レーダーのミリ波を通過する樹脂素材」を使用し、その裏側にレーダーを搭載しました。これを「我々はグリルではなく、"シールド"と呼んでいます」と田子さんは言います。
モーターショーに展示されているアリアには、実際にこれらのセンサー類がちゃんと搭載されているそうです。長年"クルマの顔"として認識されてきたフロントグリルは、これまでのように風を通す代わりに、信号や光を通すものとして役目を変えながら、EV時代にも残るのかもしれません。
新しいEVを象徴する色
以上のように、市販モデルに近い現実的なデザインで仕上げられているアリア・コンセプトですが、ボディのペイントは「ショーカー・スペシャルの一品物とお考えください」とのこと。実は単なる青みが掛かったシルバーではなく、何層も重ねられた塗料の中にガラスビーズのような細かいフレークが入っており、暗い場所ではコバルトブルーに見えるそうです。その中にフレークが輝く様子が夜空に輝く星を連想させるということで、「彗星ブルー」というなんともロマンチックな名前が付けられています。
「普段、市販車の開発ばかりやっていると、妥協...というか制約(笑)の中でばかり仕事しているんですけど、ショーカーではそういった制約を取り払って、理想の色を追求する場でもあるわけです。その中で得られたノウハウの中から、これはちょっと妥協が...いや最適化と我々はいっていますが(笑)必要だけれど、この要素は市販車の塗料にそのまま活かせるよねということをやっていく中で、市販車の塗装も発色や耐久性が上がっていく」と、畑中さんは説明します。
内外装の各部に使われたカッパー(銅色)は、畑中氏によれば「新しいEVを象徴する色として、戦略的に使用しております」とのこと。今までのような青や水色でエコロジーを訴えるだけでなく、「先進性を表現したい」ということで考えられたそうです。