携帯各社が2020年春にスタートする「5G」。将来的にはスマホの通信に限らない幅広い活用が見込まれています。中でも有望な用途の1つが「建設機械の遠隔操作」。この実証試験をKDDIと大林組、NECの3社が公開しました。
大手ゼネコンの一角である大林組では、複数のメーカーの建機を統合し、施工現場の状況をモニターする統合管理システムを開発しています。この遠隔施工システムに5Gを活用すれば、より多くの工事で遠隔施工を実現できるのではないか、というのがKDDIと大林組が検証している課題です。
KDDIと大林組は5Gでの遠隔操縦実験を3年間に渡って続けてきました。2019年度はその取り組みの3年目で、最終年にあたります。
■「5G」×「建設現場」の可能性
「5G」がスタートすると、自動運転やロボット、AR/VRなどさまざまな技術が実用化される......という華々しい話はEngadgetのみならず、経済誌やテレビなどのメディアも伝えるところではあります。ただ実際には公道の自動運転は安全性などの観点から実現へのハードルが高いものと言えます。またロボットも自律的に動き、人と共同で作業するのは少し先の世界になるでしょう。
一方で、建機の遠隔操作はこれらよりも早く実現できる可能性があります。なぜなら、実現のハードルが比較的低く、確実な需要が存在するからです。
建設機械の遠隔操縦技術は、「無人化施工」とも呼ばれ、5G以前から存在しています。この技術は主に被災地など危険な場所で安全に施工するために使われており、特に1993年の雲仙普賢岳噴火の被災地での活用が契機となって、ゼネコンや建設機械メーカー各社によって盛んに技術開発が進めてられていました。つまり遠隔操縦自体はすでに確立した技術となっています。
ただし、この遠隔操作技術には「課題」があり、危険な現場や災害復旧といった場所以外では、活用が進んでいない現状があります。
その「課題」とは、仕上がりの完成度の低さです。遠隔操縦による施工は人が直接操縦した場合よりの60%程度に落ちるとも言われています。その原因の1つが通信性能にあります。
現在の遠隔操縦で主に使われているWi-Fiでは、遅延が大きく操作が難しい、長距離を飛ばせない、帯域がかぎられているため多数の機械を同時に動かせないといった難点がありました。
そこで5Gの高速大容量な通信能力を活用すれば、綺麗な映像を同時に送信(アップロード)したり、多くのセンサーで得られた情報を確認しつつ操縦することが可能となります。それが仕上がり精度の向上につながれば、災害時だけでなく、一般の道路工事などに広く遠隔操縦を使えるようになると見込まれます。
小雨降る工事現場で無人で動く重機たち。KDDI、大林組、NECが公開した「5G」の実証実験です。
— 石井 徹 (@ishiit_aroka) February 14, 2020
建機の遠隔操縦は、通信速度が遅いと操作が難しいという課題がありました。5Gでカメラ映像などを送信することで、より正確な施工ができます。https://t.co/NbBBY5YrEBpic.twitter.com/zqvLfXz9ih
■3つの建機を遠隔操縦、自律走行のローラーも
3社の実験は14日、三重県伊賀市の川上ダムにて行われました。道路を造る工事を遠隔操作で行うという想定のデモンストレーションで、実際の5G基地局と端末を設置して、5Gで大容量の映像データを送信しています。遠隔操作した機械は3台で、資材置き場から掘削した土を積み込むパワーシャベル、その土を施工現場まで運ぶクローラキャリア、運ばれてきた土を均等にならすブルドーザーという顔ぶれです。さらに、ブルドーザーで慣らした土を平らに押し固める振動ローラーは自律走行(座標を指定した自動運転)となっていて、こちらも無人で稼働しています。
▲ロードローラーは自律走行型。酒井重工業とJIG-SAWが開発した製品で、指定した場所を丁寧に固めます
5G通信はこれら4台の機械から得られた映像データや、機械を操作するためのコマンドの送信など、すべての通信で使われています。今回は実証実験ということもあり、建機の上部に5Gアンテナの代わりにスマートフォンを取り付け、数十m先の5G基地局と通信しています。
それぞれの建機には4台のカメラが取り付けられていて、その映像データを5G基地局に集約した後、慣れた場所にある施工管理室までNEC製の無線エントランス装置(80GHz帯の高速無線送受信システム)で送っています。
また、工事現場全体を俯瞰するカメラや、作業した場所の様子を立体的に把握するためのレーザーセンサーも設置されていて、これらのデータも5Gや無線エントランスを通して送られています。
5G通信網は当初の商用サービスに近いかたちのNSA(4G LTEとの共用)で展開され、周波数帯は3.7Ghzと28GHz(ミリ波)をそれぞれ利用しています。伝送する映像は建設機械1台ごとに2K(フルHD)カメラが3台と1.2KのフルHDカメラが1台の計4つを搭載。建機1台に2個の5Gスマホを載せて伝送しています。
なお、5Gの帯域幅は3.7GHz帯が100MHz幅(下り最大700Mbps/上り100Mbps)、28GHz帯が400MHz幅(下り最大約2.8Gbps/上り最大400Mbps)。4G LTEは制御信号の送信用として2GHz帯の20MHz幅のみが利用されています。5Gの基地局設備や端末(スマホ試作機)はサムスン製。NECが展開する80GHz帯の無線エントランスシステムは最高速度10Gbpsとなっています。
■建機オペレーターの人材拡大も視野
需要の面から考えると、5Gによる遠隔操縦は、建設会社が長年悩まされている「人手不足」の解決に役立つ可能性があります。近年、震災復興やオリンピックなど建設需要は増えつつあり、今後は高度成長期に作られた道路や橋などインフラのメンテナンスも増えていくと見込まれています。一方で、建設業の人手不足は深刻で、なかでも建機を操縦できるような習熟したオペレーターの不足は大きな課題となっています。通信の高速・大容量化は、この課題を大きく改善する可能性があります。
通信技術の発展が進めば、遠隔操作できる建設機械だけを現場に送り、習熟した技術者をコントロールルームに配置するようになるかもしれません。そうすれば、午前は沖縄の建設現場、午後は北海道の建設現場の機械を操作するといった具合に、全国、あるいは世界中の現場の施工を同じ場所にいながら行えるようになります。
また、技術さえあれば建設機械を操作できるようになり、オフィスで作業できるようになることから、女性や障がいがある人など、より幅広い人材が建機オペレーターとして就労できるようになる可能性もあります。大林組 技術研究所 上級主席技師の古屋弘氏はこれを「ダイバーシティ建設」と表現して、拠点からの遠隔操縦が実現した暁には、幅広い人材を獲得していく方針を示しました。
2020年春にauの商用5Gサービスがスタートした後、大林組は実用化を進めていくことになります。古屋氏は「auの5Gが展開する都心部を中心に、2020年度以降に入れられるものから使っていこうと考えている」とその見通しを語りました。