誰にでも個人的に思い入れのあるゲームがあるだろう。私にとって「ファイナルファンタジーIV」は、初めてプレイしたRPGということで大変思い出深い作品なのだ。

初めてだと何もかもがよくわかっていないので、まず冒頭のイベントシーンで引っかかる。

バロンこうこく ひくうていだん「あかいつばさ」のセシルは へいかの めいれいにより むていこうのまどうしたちから クリスタルをうばう のだが、兵士が魔導士に近づくと、チカチカっとフラッシュがおき、魔導士がいなくなっている。当時のドット絵で描かれた2頭身のキャラクターが織り成す物語のお約束的な表現がわからなかったわけだ。

ご承知の通り、魔導士が兵士に殺されたという場面なのだが、考えるに、逆に今のポリゴンやCGで描かれたイベントに慣れた昨今のプレイヤーはドット絵の演出がわかるだろうか? 

「あとであなたのへやにいくわ」とセシルに告げ立ち去るヒロイン、ローザが、一旦立ち止まって振り返り、踵を返して去ってゆく場面など、動きは最低限でごくごく単純なのに、きちんとローザのセシルに対する気持ちが伝わるのが凄い。

冒頭の兵士と魔導士の場面にしても、どんな武器でどんな風に殺したのかはわからないのだが、そこはグラフィックスを始め様々な物が進化してしまった今のゲームよりもプレイヤーの想像が入る余地があったのだ。ゆかしいなあ。意味がわかって来ると、情報がそぎ落とされた、たった1点のズレで見え方が違って来るドット表現の細やかさと、演出の妙に唸らされる。正に職人芸の世界だ。

物語は進み、セシルは初めてフィールドに立つのだが、城から出ると場面がフィールドに変わるという感じもわからなかったものの1つ。今出てきた城はアイコンとしてフィールドに存在している、おお成程ね。この時流れるフィールドのテーマ曲が、もの悲しく悲壮感や緊張感が漲っていて中々の名曲。目的地はどっちだっけと歩き出すと、いきなり画面がジャジャッとかゴワゴワッて感じになって急にロック調な曲が流れ、モンスターが現れるわけです、びっくりしたなあ、フィールドには何も見えてなかったのに! RPGでのお約束、モンスターとのエンカウントだが、何も知らない初心者は驚くでしょう、驚きますよね? この後「ロマンシングサガ」でフィールド上に見えているモンスターを見た時は、それはそれで驚いたものだったが。

曲の話題が出たが、当時のゲームは今のように容量がなく、グラフィックスやシステム同様、音楽も少ない手数で作らなければならなかった。その状況がかえって、印象的なメロディーを生み出すのにひと役買っていたのではないだろうか。

  ちなみに「FF」シリーズ、「Ⅶ」まではきっちりクリアしているのだが、最初が「Ⅳ」で、真面目なかっこいい物語というイメージがあったため、「Ⅴ」の出だしから結構コミカルな展開には驚いたものだった。驚いてばっかり! 「Ⅴ」もクリアしたが、のエンディングはパッケージに謳われる通り、さわやかな感動が待っていて大好きだ。

てなわけで、その後もレベルアップしたら魔法を覚えるとか、武器を手に入れたら装備するとか、そういった様々なノウハウを習得しつつ、ウゲ~という感じのデザインのラスボスに何度も倒されるが何とかクリアする事ができた。(昔のゲームはラスボス手前のセーブポイントが遠かったので、長い道行がおじゃんになる事も多かった。今のゲームはラスボス直前にセーブポイントがあってユーザーフレンドリィ。)

余談だが、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」に「さら小僧」というエピソードがある。売れない歌手が、偶然耳にした、妖怪さら小僧の口ずさむ歌を盗作するという物語。作中で歌われる「ぺったらぺたらこ」の歌詞は「ぺったら ぺたらこ ぺったっこ」というものだが、私がこの歌詞を「FF」でお馴染み「チョコボ」のテーマに乗せて歌っていたところ、「頭の中にぐるぐる回るからやめて~」と妻に言われて、歌うのをやめたというエピソードこそ、正に余談中の余談。これを余談と言わずして何を余談と言おうか?


うえけんWiki

上野 顕太郎(うえの けんたろう、1963年4月18日 - )は、かなりアナログな漫画家である。デジタルなEngadgetとの接点は編集長が20年前、ゲーム誌編集者であったとき連載を担当したからと言われる。よく使うフレーズは「暇だからな!」......というわけで、かつてプレイした方もいるだろうマニアックなゲームを掘り起こし、あの当時を偲んでいただきます。


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