mobile Masahiro Sano

NTTドコモの「ahamo」などオンライン専用プランが相次いで提供開始し、総務省の有識者会議が取りまとめの段階に入ったことで、菅義偉内閣総理大臣が就任して以降大きな動きが相次いだ携帯電話料金引き下げに関連する動きは落ち着きを見せつつありました。ですがその発端となった菅総理が再び携帯電話料金に言及、波紋をもたらしているようです。

それは菅総理が、ある雑誌のインタビューに答える形で携帯電話料金の引き下げに触れ、これまでの成果をアピールすると共に「さらに倍の負担減が可能だと思っている。あくまでも道半ば」といった旨のコメントをしていたことです。菅氏の総理の任期は2021年9月末とされているだけに、この発言は任期後を見据えたリップサービスという見方もあるでしょうが、総務省に強い影響力を持つ菅氏の一言が携帯電話業界に与える影響は決して小さくないだけに、見過ごせないものであることは確かです。

実際、菅氏が官房長官時代だった2018年に「4割引き下げる余地がある」と発言したことを機として、2019年には端末値引きの大幅な規制や、いわゆる“2年縛り”の有名無実化が盛り込まれた電気通信事業法改正がなされ、業界の商習慣が根底から覆される事態となりました。さらに2020年に菅氏が総理に就任し、携帯電話料金引き下げを政権公約として以降、武田良太総務大臣を通じて業界に強いプレッシャーをかけ、携帯大手がオンライン専用プランの投入に至ったというのは記憶に新しいかと思います。

それだけに、今回の菅総理の発言が再び業界へプレッシャーを与える動きへとつながり、携帯電話業界を大きく揺るがす事態へとつながる可能性は十分あり得る訳で、菅政権の支持率が低下している現状ではなおさらその懸念が強まる所です。ただこの発言が明らかになった後の2021年7月30日に、武田大臣が実施した記者会見の内容を見ますと、現在のところ一連の発言が具体的な動きにつながる様子はまだ見られません。

この会見で武田大臣は、総務省が公正競争環境整備に向けた取り組みをしたことで競争が活発化し、乗り換えが進んでいると説明。「各社から提供される新しい料金プランへの加入者契約数は、5月末時点で1570万となっており、国民の負担軽減額を試算したところ、年間ベースで約4300億円に上っております」と、その成果をアピールしています。

mobile Masahiro Sano
▲武田大臣は2021年7月30日に実施した記者会見で菅総理の発言について問われ、新料金プランで乗り換えが進んでいる様子を示していた。画像はYouTubeの総務省動画チャンネルより

さらに武田氏は、「更にこの乗換えを検討中の利用者も一定程度おられ、この方々の乗換えも進めば、負担軽減額はさらに拡大するのではないかなと思います」と話しています。低価格サービスに乗り換える人が増えていくことで、料金引き下げの恩恵を受ける人が増えると見ているようです。

一方で今後については、「広く国民が携帯電話料金の低廉化の恩恵を実感することができるように、利用者の乗換えを円滑にするための取組など、また、合理的な選択を実現するためには、今後とも公正な競争環境の整備に取り組んでいきたい」と話すにとどまっています。

以前にも触れた通り、乗り換え円滑化に向けた施策は現在、有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で最終的な報告書案が取りまとめられている段階です。今後は報告書案を基にSIMロック解除やeSIMの推進、法改正前の既往契約者を減らす取り組みなどを実施し、その成果を評価するフェーズに入ることから、むやみに新たな策を打ち出すタイミングではないというのが正直な所ではないでしょうか。


関連記事:SIMロックは21年秋に原則禁止──総務省が携帯3社に求める施策案まとめ(佐野正弘)


しかも各社の新料金プランが始まったのは約半年前からで、ユーザーの移行が本格化するのはむしろこれからという段階です。実際KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は、2021年7月30日に実施した決算説明会において、同社のオンライン専用プラン「povo」の契約数が「約100万」と答えています。2021年4月末時点で100万契約を超えたとしているahamoはもう少し数が伸びているでしょうが、それでもpovoの数倍といった規模になっているとは考えにくいです。

そうしたことから現在携帯各社と総務省が取り組むべきは、新料金プラン、さらに言えばより各ユーザーに適切なプランへと変更を促すことであるはずです。もしそのようなタイミングで再び政権からのプレッシャーを受け、さらなる新料金プラン提供が迫られる事態となれば、ただでさえ複雑と言われることが多い携帯電話料金がコロコロ変わることでますます複雑な印象を与え、かえって消費者を混乱させることにもなりかねません。

また料金引き下げプレッシャーが再び大手3社に向かった場合、MVNOがいよいよ競争力を失ってしまいかねないか、ということが懸念されます。既に2021年7月15日、ソフトバンクがオンライン専用の「LINEMO」に、通信量3GBで月額990円の「ミニプラン」を追加したことで、3GB前後で1000円を切るプランを主力としているMVNOは厳しい立場に立たされていますが、大手がより低価格のプランを求められる程、他社が追随して低価格帯に本腰を入れてくる可能性が非常に高いといえるからです。

mobile Masahiro Sano
▲ソフトバンクが投入したLINEMOの「ミニプラン」は通信量3GBで月額990円ながらソフトバンクと同じ通信品質と、低価格帯に生き残りをかけるMVNOを直撃する内容だった

実際、KDDIの高橋氏は先の決算説明会において、携帯4社による競争で「MVNOの競争する領域の範囲が狭まるのは、国の方針としてはそうなのかなと思う」と話し、政府がさらなる料金引き下げを迫るならばMVNOに容赦しない姿勢を示していました。携帯大手の攻勢でMVNOの撤退が相次いでしまえば、大手の寡占による将来的な値上げの懸念も出てくるだけに、菅政権には慎重な対応が求められる所です。

mobile Masahiro Sano
▲2021年7月30日に実施されたKDDIの決算説明会より。同社の高橋社長は携帯4社の競争加速により、MVNOの競争領域がさらに狭まる可能性を示唆した

そして何より、政府が公正競争と携帯電話料金引き下げにまい進することは、日本の携帯電話産業の衰退につながる危惧があります。日本の携帯電話産業を主導しているのは携帯電話会社ですが、値下げでその体力奪うことは、Beyond 5G、6Gを見据えた国際競争力を高めるための投資を抑制することにもつながりかねないからです。

総務省は競争ルールの検証に関するWGの報告書案に、携帯電話会社に対して「公正競争・利用者利益保護の観点から見た『優等生』として振る舞うことが求められる」と記すなど、携帯各社に民間企業としての競争力より、公共事業者としての公正さを強く求めているように見えます。ですが6Gで世界で勝つという視点に立つならば、技術開発やビジネスなど様々な面において、純粋な民間企業である通信機器ベンダーや端末メーカー、あるいはGAFAなどのプラットフォーマーと戦っていく必要がある訳で、公共性の追求でそれらに対抗できるのか?という視点が抜け落ちているのが非常に気になる所です。

mobile Masahiro Sano
▲写真はソフトバンクが6Gに向けて開発を進める、成層圏からエリアをカバーする「HAPS」の機器の一部。日本では6Gに向けた技術開発が携帯大手主導でなされることが多いが、料金引き下げはその携帯大手の国際競争力を奪う可能性も秘めている

武田大臣は先の会見において、「このコロナ禍、非常に家計が苦しい状況が続く中で、その家計の負担をいかに軽減していくかということを、総理はこの携帯電話料金のみならず、あらゆる分野でお考えになって我々に指示を出しているのが現実でございます」と話していたようです。ですがコロナ禍以前から日本を苦しめているのは長きにわたるデフレであり、次の成長につながる産業育成がうまくいっていないことであるはずです。

それだけに今必要なのは、収入が落ち込む家計を救うため一層のデフレを推し進め、経済をさらに落ち込ませるという近視的で後ろ向きの施策ではなく、5Gの普及や6Gを見据えた産業育成を加速させ、経済を活性化させて家計の収入を増やすという長期的かつ前向きな施策ではないかと筆者は思っているのですが、菅政権にそうした発想はあるのでしょうか。