Masahiro Sano MWC

新型コロナウイルスの感染拡大により2020年は開催直前に中止を余儀なくされた、世界最大の携帯電話の見本市イベント「MWC Barcelona」。ですが2021年は通常の3月前後から6月へと時期をずらし、なおかつリアルとバーチャルという形で無事開催されました。

ただ新型コロナウイルスの影響が完全に収まっている訳ではないことから、筆者は今回、国内にとどまりバーチャルでの取材を進めていました。もっともリアルイベントに関しては、エリクソンやノキアといった大手通信機器ベンダーが出展を見合わせるなど規模が大幅に縮小している状況のようですし、講演の多くもリモートや録画によるものが多く、正直な所リアルイベントとしてのMWC Barcelonaが本格的に復活したとは言い難い印象です。

Masahiro Sano MWC
▲まだコロナ禍が続いていることから多くの企業はMWC Barcelonaへの出展を見合わせ。NTTドコモはバーチャルで出展している内容を国内メディア向けに独自公開するなど、模索が続いている印象だ

しかも今回のMWC Barcelonaは、とりわけコンシューマー関連デバイスの発表がかなり乏しい印象です。実際デバイス関連での主な動きといえば、レノボがノートPCやタブレットなどを発表したこと、そしてサムスン電子がグーグルと共同開発している「Wear OS」の後継OS向けインターフェースとして、独自の「One UI Wtach」を発表したことくらいで、スマートフォン新製品の発表はほとんどありませんでした。

Masahiro Sano MWC
▲今回のMWCに合わせて、サムスン電子はグーグルの新しいスマートウォッチ向けOSに「One UI Wtach」を搭載した製品を出すと発表したが、具体的な製品の姿はなかった

ただこれにはイベントの規模の縮小に加え、開催が6月にずれたことでスマートフォンの商戦期からずれてしまったこと、そしてLGエレクトロニクスのスマートフォン撤退や、米国によるファーウェイ・テクノロジーズへの制裁継続など、従来MWC Barcelonaで大きな発表をしていた企業が厳しい状況にあることも影響しており、やむを得ない部分もあるでしょう。

では今回のMWC Barcelonaで大きな焦点となっていたのは何かといいますと、モバイルのネットワークに関する動向、より具体的に言えば基地局やコアネットワークの「仮想化」や「オープン化」です。

携帯電話のネットワークを整備するのは各国のキャリア(携帯電話会社)、日本で言えばNTTドコモやKDDIなどですが、現在多くのキャリアは、特定の通信機器ベンダーが提供する機器を使ってネットワークを整備しています。全て同じベンダーの機器で揃えた方が、高く安定した通信性能を発揮できるというのが主な理由なのですが、一方でそれはキャリアが特定ベンダーへの依存を強めることにもなり、一部の通信機器ベンダーの立場を非常に強いものとすることにもつながっていきました。

実際携帯電話の通信機器市場は、エリクソン、ノキア、ファーウェイ・テクノロジーズの3社で市場の約7割を占めるともいわれる寡占市場で、多くのキャリアはある意味、それら3社の方針に従わざるを得ない弱い立場となってしまっているのです。そこでキャリアが大手ベンダー依存から脱却するべく力を入れているのが、先に触れた通信機器の仮想化やオープン化です。

仮想化は楽天モバイルが「完全仮想化」のネットワークに力を入れていることから聞いたことがある人も多いかと思いますが、要は汎用のサーバーと通信機器の機能を担うソフトウェアを用いてネットワークを構築すること。ソフトウェアでサーバーに機能を追加できるためサービスの柔軟性を高められる利点があるのですが、何より通信機器ベンダーお仕着せの通信機器ではなく、汎用の機器を用いるため機器の低コスト化が見込めることが、キャリアにとって大きなメリットといえるでしょう。

Masahiro Sano MWC
▲2021年6月24日にエリクソン・ジャパンが実施した記者向けブリーフィングの資料より。基地局などを汎用サーバーとソフトで実現するのが仮想化、1つのネットワークに複数ベンダーの機器を混在できるのがオープン化となる

一方後者のオープン化というのは、1つのネットワークの中に複数のベンダーの機器を導入してもネットワークを安定動作させられるようにすることで、特定ベンダーへの依存を脱却する上で重要な策といえるでしょう。その代表的な規格の1つが、NTTドコモや米AT&T、独ドイツテレコムなど世界各国のキャリアによって提唱されている「O-RAN」です。

O-RANは基地局などの無線アクセスネットワーク(RAN)のインターフェースを統一化し、さまざまなベンダーの基地局設備を混在できるようにするというもの。用途に応じて異なるベンダーの基地局などを組み合わせてネットワーク構築ができることから、キャリアからするとより柔軟性の高いネットワークを構築できるのに加え、オープン化によって寡占化されていた通信機器の競争が加速し、機器調達コストの引き下げが期待できるのがメリットといえるでしょう。

Masahiro Sano MWC
▲NTTドコモはオープン化に力を入れている企業の1社で、RANのオープン化を自社だけでなく、海外キャリアにも推し進める取り組みを進めている

そしてこの動きをビジネスチャンスとして、積極的に取り組んでいるのが中小、あるいはベンチャーの通信機器ベンダーです。中でも力を入れている企業の1つに挙げられるのが日本電気(NEC)で、同社は2020年に日本電信電話(NTT)から出資を受けてO-RAN対応基地局の開発に注力することを表明。MWC Barcelonaに合わせてメディア向けの講演イベントを実施し、基地局の仮想化・オープン化に積極的に取り組む姿勢を打ち出していました。

現状、NECの通信機器市場におけるシェアは1%未満と非常に小さく、その事業もほぼ国内に閉じている状態でした。それだけにネットワークの仮想化やオープン化、そして米中対立の影響により、欧米などで中国ベンダーの排除が進みつつあることを機として国外での市場開拓に結び付けたい狙いがあるといえるでしょう。

Masahiro Sano MWC
▲NECは今回のMWC Barcelonaに合わせて講演会を実施。日本での実績を中心としてO-RAN対応製品に積極的に取り組んでいることをアピール、オープン化を機に海外市場開拓を積極化する姿勢を見せている

もう1つ、仮想化やオープン化を機として通信機器市場に力を入れてきているのが半導体メーカーです。オープン化によって寡占が崩れ、機器の汎用化が進むことは半導体メーカーにとって商機となる可能性が高いからです。

実際クアルコムは今回のMWCに合わせる形で、スマートフォンなどに向けたチップセット「Snapdragon 888+」だけでなく、O-RANに対応したRAN向けのチップセットや、仮想化されたRANの動作を高速化するアクセラレーターの新製品などを発表。楽天モバイルやNTTドコモなどがそれら製品への支持を表明しています。

Masahiro Sano MWC
▲端末向けチップセットで高いシェアを持つクアルコムも、仮想化やオープン化を機にネットワーク向けの事業にも注力。今回のMWCに合わせては、仮想化されたRANの処理を高速化するアクセラレーターカード「Qualcomm 5G DU X100」などを発表している

ただもちろん、こうした動きは市場を大手ベンダーにとって決して面白いものではありません。それゆえ大手ベンダーは、仮想化技術のメリットを自社製品に取り入れる動きは見せる一方で、競合が増えるオープン化に関しては決して積極的ではない様子も見せています。

MWC Barcelonaの開催直前となる2021年6月24日に、エリクソン・ジャパンが実施した記者向けのブリーフィングにおいて、同社のエリクソン北東アジア ネットワークス ネットワークエボリューション統括本部長である鹿島毅氏は、RANのオープン化について「5年経っても10%に達するかどうか」との見解を示していました。

また仮想化技術を活用した同社の新しいRAN製品について、O-RAN対応機器との接続は「現時点では考えてない」とも話していました。今後業界動向が変化すれば対応の可能性はあるとしながらも、やはり積極的に対応したくはない様子を見て取れます。

Masahiro Sano MWC
▲エリクソンは従来の専用ハードによるRANに加え、仮想化技術を取り入れた自社独自の「Ericsson Cloud RAN」を提供。一方でオープン化した製品への対応はせず、あくまで自社製品のみでのネットワーク構築を重視する方針だ

そうしたことから機器の仮想化やオープン化によって、キャリアがベンダーから自由を取り戻すには、いかに世界的に多くのキャリアから支持を得ることができるかにかかってくるといえるでしょう。現状、ネットワークの仮想化やオープン化などに積極的に取り組んでいるキャリアは大手企業や、楽天モバイルなどの新興勢力にとどまっているのが現状です。

また資金や技術を持たないキャリアからすれば、機器調達から運用までを大手ベンダーに任せることが一定のメリットにつながっていることも事実です。そうしたキャリアの意識を変えて仮想化・オープン化に賛同する仲間を増やせるかどうかが、今後の業界の競争軸には大きく影響してくるといえそうです。