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日本の交通システムとしては初のVisaタッチ決済での乗車に対応した茨城交通の高速バス

みちのりホールディングス傘下の茨城交通は7月29日より、Visaのタッチ決済に対応した高速バスの運行を開始した。東京駅とひたちなか・勝田・東海村方面を往復するバス路線に投入し、利用者は乗車時に運賃箱に設置されたタッチ決済対応のタブレットにVisaの非接触決済可能なカードまたはスマホを近付けることでキャッシュレスでの利用が可能になる。

切符購入などを除き、鉄道やバスといった交通系システムでのクレジットカードのタッチ決済(NFC決済)に対応した初のケースとみられ、今後海外で普及しつつある「交通系のオープンループ乗車」が広がるきっかけとなるかもしれない。

飛び乗りでも面倒な現金支払いや両替なしでの乗車が可能な高速バス

中距離区間を結ぶ高速バスの場合、待合所や営業所などで乗車券を購入するか、乗車時もしくは降車時に現金で支払いを行うことが一般的だ。例えば今回の勝田・東海路線の場合、東京行きの高速バスは乗った停留所によって距離別運賃が確定し、逆に東京を出発したバスは降りる時点で運賃が確定する。乗車券を使わない乗車の場合、乗降のいずれかのタイミングで指定の運賃を支払えばいい。とはいえ、一部Suicaなどの交通系ICカードに対応しているケースを除けば、高速バスでは多くの場合、現金での支払いとなる。

毎回指定金額を事前に用意したり、運賃箱で両替するのは非常に面倒だ。乗客が複数いる場合、支払いにまごつくのは後続の目が気になるもので、やはり地域交通のようにキャッシュレスでの支払いを行いたいと考えるもの。普段ヘビーに同じ路線を利用する客にはプリペイド方式の「バスカード」のようなものもあるが、あまり利用しない路線であったり、普通の旅行者には向いていない。その点で、普段利用のクレジットカードがそのまま乗車カードとして利用できるのはメリットが大きい。

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今回タッチ決済が導入される東京駅と勝田・東海を結ぶ路線に投入されるバスのうちの1台

今回キャッシュレス決済を可能にするタブレットが導入されたのは、茨城交通が運行する勝田・東海路線のバスの13台。現在、新型コロナウイルスの影響で7-8台程度の稼働にとどまっているが、当面はこの13台での運用を進める。なお、今回の路線が選ばれた理由は「比較的利用が多く、かつ茨城交通のみが運行路線を持っているルート」ということで、例えば東京駅と水戸駅方面を結ぶ路線は共同運行が一般的で、各社足並みを揃える必要があるためだという。

実際にどのような形でキャッシュレス対応が行われているかだが、対応するバスの運賃箱の奥にタッチ決済可能なタブレットを着脱式スタンドとともに設置し、キャッシュレス決済を行う乗客はこのタブレットの操作を通じて支払う。タブレットは運行時はバッテリ駆動となっており、事業所に戻ってきた段階で運賃箱から取り外してチャージが行われる。

タブレットには三井住友カードの「stera」という決済機能を搭載した端末が採用され、これを運賃箱を含む各種運行システムを開発する小田原機器が高速バス利用に適した運賃支払い用ソフトウェアを用意した。

茨城交通の親会社であるみちのりホールディングスによれば、同じくグループ企業の岩手県北バスが同様のキャッシュレス決済システムの導入を進めており、このほか福島交通と会津バスを合わせたグループ4社で同じシステムを用いたバス運行を計画しているという。

岩手県北バスは高速バスながら路線バスに近い運行形態を採っており、整理券方式で移動区間による距離別運賃が請求される形になっているが、小田原機器のソフトウェアではそうした運行形態の支払いにも対応できる。

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運賃箱に着脱式のタブレットが取り付けられるイメージ。タブレットは東京方面の区間は往復でバッテリ駆動し、勝田の事業所に戻ってきた段階で取り外されてチャージされる

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運賃支払中の操作画面。ここで乗車人数を指定して支払いを開始する

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支払い方法にクレジットカードを指定するとVisaタッチの画面に変わる。画面のどの位置でタッチしてもいい
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なお、茨城交通は過去に3ヶ月ほどキャッシュレス対応の実証実験ということで3ヶ月ほどQRコード決済を使った乗車システムを導入しており、顧客からの評判も上々だったという。今回もタブレットを使った支払いシステム導入にあたりQRコード決済の利用も想定しており、実験での評価を経て比較的利用の多かったPayPay、LINE Pay、Alipay、楽天ペイの4つを選択した(楽天ペイの対応は8月中旬以降)。

タブレットにはインカメラが内蔵されており、支払い手段としてQRコード決済を選んだ時点でカメラが起動、乗客のスマホに支払いたい決済アプリのQRコード画面を表示させてカメラにさらせば決済が完了する。

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こちらはQRコード決済を指定したところ。いきなりインカメラが起動するので、対応する決済のQRコードをスマホに出して画面の前に出せばいい

交通系サービスでクレカのタッチ決済は広がるか

なお、今回クレジットカードのタッチ決済(NFC Pay)に対応したのは「Visa」のみとなるが、システム的に検証を含めすぐに対応が可能だったのがVisaだったというだけで、他のブランドを排除したわけではないと各社では説明する。MastercardやJCB(American Express)など、動向をみて対応する意向はあるようだ。

なぜクレカのみで交通系ICへの対応が行われなかったのかという点だが、理由の1つとしてみちのりホールディングスと茨城交通が挙げているのが「高速バスは片道2000円以上の決済が発生するため、チャージ上限2万円がある交通系ICカードとは利用スタイルが合致しない」というもの。確かに、残高不足でバスに飛び乗ったら車内での現金チャージが必要になるケースもあるわけで、キャッシュレス導入の事業者側のモチベーションである「オペレーションの簡素化」は難しいかもしれない。

今回は高速バスでの採用となったわけだが、クレジットカードやデビットカード(英語圏では「Payment Card」などと呼ばれる)を使った公共交通利用の波は広がりつつある。

2012年のオリンピック開催を機に、従来の交通系ICカードである「Oyster」に代わり、クレカでの乗車を可能にする「オープンループ」を導入したロンドン交通局(TfL)にはじまり、シンガポールのLTA、米ニューヨークのMTAによる「OMNY」と、大都市での採用が知られている。

特にロンドンではクレカ乗車の割合がOysterをすでに抜いているなど、都度チャージ方式のICカードからクレカを使ったポストペイドの仕組みが主役に躍り出ている。日本でも福岡交通が「『EMV コンタクトレス』を活用した交通乗車スキーム実証実験」と題したオープンループ乗車の仕組みを検証するプロジェクトを2020年4月に発表しており、地方交通を中心にその波は少しずつ拡大しつつある。

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バス車内や営業所で配布されているVisaタッチ対応を紹介するポスター。割引キャンペーンが予告されている

ただ、今後数年レベルで日本全体にクレカで乗車する、いわゆる「オープンループ」の仕組みが広がるかというと、難しいと筆者は考えている。1つにはSuicaやPASMOなどを含む交通系ICカード(「10カード」と呼ばれる)が広く普及しているうえ、JR東日本など大手鉄道会社ではオープンループ対応に比較的否定的な見解を見せており、おそらくは今後5-7年での本格導入の動きはないのではないかと予想する。

一方で、前述の福岡交通のような例のほか、一時期台湾の交通系ICカード受け入れが報じられていた沖縄のゆいレールのように、インバウンド対応や先進性アピールのために10カード以外の支払い手段を受け入れる流れはあり、地域単位で短期間に拡大する可能性はある。

もっとも、新型コロナウイルスの影響で海外利用者を想定したインバウンド対応は当面壊滅状態が見込まれるため、オープンループ対応が即乗客の利便性につながるかは難しいところだ。

非接触決済対応クレカやデビットはその発行枚数が増えており、Visaのデータによればすでに日本国内でも今年2020年3月末時点で2390万枚を突破している。すでに海外で経験している方は実感していると思うが、カードのタッチだけで買い物が完了する便利さはこの上ない。

また、「タッチ」という動作はNFC対応スマホであればそのメリットを享受できるため、iPhoneや対応するAndroidスマートフォンであれば、財布からカードを取り出す手間さえなくなる。

懸念事項としては、iPhoneがいまだVisaの決済をサポートしておらず、せっかく日本国内で広がっている非接触クレカによる決済の波の恩恵を受けられないことが挙げられる。また交通系でのオープンループ決済に関して、Visaによればその処理のために行うクレカの有効性チェックのための特殊な電文の送信が現時点で三井住友カードのシステム経由でしか受けられないということで、利用拡大のためにバックエンド側の整備が必要になる。

Visaでは「他の(国際カード)ブランドの対応状況は分からない」ということだが、少なくとも大手アクワイアラでは三井住友カードしかVisaに対応できていない状況で、他の国際カードブランドの日本での対応も推して知るべしと考えていいだろう。

シンガポールでのオープンループ導入もMastercardのみだった状態からVisaの受け入れに進むまでに1年以上かかっているわけで、少なくとも今後2-3年程度で状況が進むとも考えにくいというのが筆者の考えだ。