去る2020年9月29日、日本電信電話(NTT)が約4兆3000億円という巨額の費用を費やし、NTTドコモを株式公開買い付け(TOB)で完全子会社化すると発表したことは、大きな驚きをもたらしました。NTTはNTTドコモの業績が近年振るわず、携帯大手3社の中で最も利益水準が低いなど、競争力が低下していることを懸念して完全子会社化するに至ったとしています。

▲NTTが2020年9月29日にNTTドコモの完全子会社化を発表したことは、非常に大きな驚きをもたらした

具体的にはNTTドコモと、NTTの完全子会社であるNTTコミュニケーションズやNTTコムウェアの経営統合を視野に入れるなど、グループ間の連携を積極化することでコスト削減と競争力強化につなげようとしています。そしてNTTは2020年11月16日までNTTドコモのTOBを進めており、完全子会社化に向けた準備は着々と進められているようです。

ですがその完全子会社化に疑問を呈していたのが、NTTドコモのライバルとなるKDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの通信事業者です。実際、各社のトップは決算説明会などで、NTTドコモの完全子会社化によって、公正な競争を阻害される可能性があるとして懸念を示していましたが、2020年11月11日、ついに具体的なアクションを起こすに至ったようです。

それは先の3社を含む28の通信事業者が、総務大臣に対して「日本電信電話(NTT)によるNTTドコモの完全子会社化に係る意見申出書」を提出したこと。実際にこの意見申出書に賛同しているのは37社に上るとのことで、固定・モバイルを含め多くの通信会社がその内容に賛同している様子がうかがえます。

▲NTTによるNTTドコモの完全子会社化を受け、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなど28の通信事業者が総務大臣に意見申出書を提出。公正競争の阻害につながるとの懸念を示した

確かにNTTドコモは携帯電話市場で40%を超えるトップシェアを獲得している最大手ですが、先にも触れた通り最近では競争力低下が叫ばれている状況であり、これほど多くの企業がなぜNTTによる完全子会社化を問題視するのか分からない、という人も意外と多いかもしれません。すでにNTTの民営化がなされてから長い年数が経っているだけに、若い世代ではなおさらではないでしょうか。

そうしたことから意見申出書の提出と同日に実施された記者説明会では、先の3社から意見提出に至る経緯と理由について説明がなされていたのですが、問題の背景として挙げられるのは、NTTグループの前身が日本電信電話公社(電電公社)、要は国営の企業だったことです。

その電電公社が1985年に日本電信電話として民営化がなされたのが現在のNTTグループの前身にあたるのですが、同社は電電公社時代に全国に整備した固定通信網や、それを収容する局舎、敷設する電柱など多くのインフラ設備を持っているため、競争上圧倒的優位な立場にありました。そこで政府は通信市場の競争を促進するため、NTTの民営化以降事業を分離・分割してその力を弱め、ライバルが成長できる余地を作り出すことに力を入れてきたのです。

実際、1992年には移動体通信事業をNTTドコモとして分離し、NTTは出資比率を低下しています。また1999年には地域通信事業をNTT東日本とNTT西日本、そして長距離通信や国際通信などの事業をNTTコミュニケーションズに分離。NTTはそれら3社を統括する持ち株会社となったのですが、政府はその後もNTTグループを分離して勢力を弱め、市場競争を活性化することに力を注いでいました。

▲NTTは1985年の民営化後、通信市場競争促進のためNTTドコモやNTTデータ、NTTコムウェアなどを分社化。さらに1999年には固定通信事業を3社に分離・分割している

その結果、KDDIの前身の1つとなる第二電電や、ソフトバンクの実質的な前身に当たる日本テレコムなどの新しい通信事業者が台頭。NTTの分離・分割によって国内の通信市場競争は固定通信から携帯電話にまで広がり、それが通信料の低廉化やサービスの多様化などの形で消費者にも恩恵を与えたのです。現在は政府から携帯3社が「市場寡占だ」と批判を受けていますが、30年、40年前から比べればNTTグループの独占ではなないという点で、多様化が進んだともいえるわけです。

それゆえ今回のNTTによるNTTドコモの完全子会社化は、これまで分離・分割されていったNTTが再集結し、再び強大なNTTになろうという動きにも見えるわけです。NTTの大株主は国であり、政府の許諾が得られなければこうした動きを取ることはできないはずなので、NTTは事前に政府を説得するなどかなり周到に動いて実現に至ったといえるでしょう。

ですがライバル各社にとってみればNTTドコモの完全子会社化は寝耳に水で、議論もなしにいきなりNTTが再統合に向かうような動きを見せたことが、今回の意見申出書の提出につながっています。ですが先にも触れた通り、NTTドコモはかつてのiモードの時代のように圧倒的な市場支配力を持つわけではありません。なのであればなぜ、ライバル各社がNTTドコモの完全子会社化を懸念するのでしょうか。

実はそこに大きく影響しているのがNTT東西の存在です。先にも触れた通り、NTTは電電公社時代に国のお金を使って全国津々浦々に整備した固定通信のインフラを持っており、現在はそれを光ファイバーに置き換えてNTT東西が運用しているのですが、その光ファイバー設備の国内シェアはNTT東西だけで75%に達するなど圧倒的なシェアを持っています。

▲NTT東西は光ファイバーで圧倒的なシェアを持つが、それは国営時代に整備した固定回線の延長線上にあるものだ

そして実は携帯電話のインフラ整備、さらに言えば5G、6Gといったより高度な通信技術を活用するには、光ファイバーのインフラが非常に重要な存在となってくるのです。なぜなら5G向けに割り当てられた周波数帯は遠くに飛びにくく、4Gより一層多くの基地局を設置する必要があるのですが、その整備には光ファイバーが不可欠であり、NTT東西から提供を受けなければ基地局整備も進められないのです。

▲高い周波数帯を使う必要がある5Gでは、より多くの基地局を設置する必要があるため一層多くの光ファイバーが必要となり、NTT東西への依存度が一層高まることとなる

これまでNTTドコモはNTTの子会社とはいえ、資本的にある程度独立ていたことから、一定のルールを整備することで公正競争を保つことができていました。しかしこれが完全子会社となった場合、いくつかの問題が発生し、公正競争環境が保てなくなる可能性が出てくるといいます。

例えばNTT東西が携帯各社に卸す光ファイバーの料金を、共通の条件の下で大幅につり上げた場合、NTTドコモもKDDIもソフトバンクも楽天モバイルも、全ての会社が赤字となって経営が成り立たなくなるかもしれません。ですが今後はNTTドコモもNTT東西と同じNTTの完全子会社となるため、NTTから見ればNTTドコモからNTT東西に移るお金が増えるだけに過ぎず、ほぼ痛手を負うことなく競合を排除できる可能性も出てくるのだそうです。

▲NTTドコモ完全子会社化がなされれば、NTT東西が共通ルールの下に光ファイバーの卸料金をつり上げても、NTTグループから見れば子会社間で資金が移動しただけに過ぎないので大きな問題にはならず、容易に競合を排除できるという

また、NTT東西の接続料や卸料金を厳格にルール化したとしても、NTT東西とNTTドコモがNTTという資本の下に一体性が強まることから、互いに情報を融通し合うことでライバル他社より優位性を持つ可能性も否定はできません。そうしたことから意見申出書に賛同した各社は、NTT東西の光ファイバーをNTTグループと完全に同じ条件で使えること、そしてNTT東西とNTTドコモが絶対に一体化しないことを担保し、それを厳格に守るための議論をオープンな場で実施することを総務大臣に求めるに至ったわけです。

先にも触れた通り、NTTドコモの完全子会社化は、NTTドコモがかなり周到に動いて実現したものといえ、すでにTOBも動いていることから、完全子会社化を阻止することは難しいでしょう。ですがこれまでの歴史を振り返れば、その完全子会社化が市場にどんなデメリットをもたらすのかという点に、多くの人が無頓着だったように感じます。市場の競争と多様性を保つためにもNTTグループ、さらに言えば固定通信インフラのあり方について、もっと積極的な議論があってもよいのではないでしょうか。