モバイルの名機「LOOX」が登場した2000年、記者の本音が経営陣に届く道筋を確立する:PC広報風雲伝(第8回)

秋山岳久
秋山岳久
2020年10月19日, 午前 06:30 in pc-kouhou
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広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。8回目となる今回は、現在にも脈々とつながる「小型軽量モバイル機への挑戦」がテーマです。


こんにちは。前回は、キャラクターモデルの強さと難しさの両方を感じさせられた、そんなお話をさせていただきました。パソコン市場が元気な時代は、このようなキャラクターモデルが大きな広がりを見せ、売上よりもプロモーションとしての効果が絶大でした。話題性はもとよりパソコン売り場にそれまでなかった商品が並ぶことで、店頭への集客効果が高く、売り場も華やかなPOPで彩られていたのです。

さて、時はいわゆる2000年問題が話題になったころ。結果的に何もなくミレニアムの時代になったわけですが、その前年にはノストラダムスの大予言もあり、2000年になるとコンピューターが誤作動してしまうのでは? と皆が不安になっていました。このころはミレニアムブームに沸き、忙しかったのを記憶しています。パソコンの展示会も超大規模なものは減っていましたが、全国主要都市での開催が定着し、東京においては東京ドーム横のプリズムホールでの展示会が定着してきたころでもありました。

第三のブランド立ち上げ

それまでコンシューマ向けPCは、デスクトップの「DESKPOWER」、ノートの「BIBLO」という2つのブランドを持っていたのですが、今回はその規格に当てはまらないまったく新しい商品、新ブランドを立ち上げようということになったのです。

新ブランドはわくわくするのですが非常に懐疑的です。ブランド名の認知という点では、作る側からするとフラグが立ち、たとえばカタログなどでわかりやすい区分けができるのですが、それが一般消費者に伝わるかというとそうでもなく、「ラインアップがよくわからない」という結果につながりかねません。

特に広告宣伝費が少しずつ抑えられてきている中でのブランド立ち上げは、自己満足になるだけではないかと思ったのです。ですが、そんな私の思いはまったく取り上げられず(あまり主張もしなかったですが)、事業部の夢をかたちにする商品は新ブランドとなり2000年に産声を上げました。「LOOX(ルークス)」です。ネーミングはLOOKと無限大のXを合わせた造語で、従来のラインアップとは一線を介した商品でした。

このときまさにデスクトップ、ノートに続きモバイルのラインアップが立ち上がり、3大製品群がスタートしたのです。この商品は当時の新しいことをすべてつぎ込んだ商品でした。元々、軽さを追求したパソコンは「FMR-CARD」などで事業部のDNAに脈々と受け継がれていたのです。加えて、当時の事業部長は特に小型化に熱心で、イベントでトークショウなどがあると (今回採用する)トランスメタ社の小型プロセッサー「Crusoe」をポケットから取り出して、記者に見せびらかすパフォーマンスをやっていました。

新しいものを採用することに面白さを感じる経営陣がいたからこそ、「LOOX」が誕生したのではないかと思います。心臓部となる「Crusoe」は低消費電力が肝でした。「こんな小さくて~時間も使える」というのがアピールポイントとなり、「LOOX」はモバイルPCで長時間稼働を実現した世界初の機種でした。そして何よりも当時の本部長が唱えた「これ一台だけで通信ができる」ことが最大の売りで、ワイヤレスモジュールを内蔵した世界初のモバイルパソコンだったのです。

ワイヤレスモジュールの搭載については他社との協業であるため、リリースの作成などでいろいろ駆け回っていました。このころはまだ、パソコン業界から見ると通信会社は異業種。仕事の進め方やリリースの作法も明らかに違いがありました。DDIポケットの広報担当とやり取りを重ね、リリースの準備を行い、ようやくワイヤレスモジュール「H”IN(エッジイン)」搭載の世界最軽量990gパソコンが発表されたのです。A5サイズの小型ボディにもかかわらず8時間駆動を実現という、当時としてはかなりの長時間駆動であり、注目度はものすごく高かったと思います。そしてこの商品をきっかけにメディアのみなさんに「事前商品説明会の事前商品説明」を行うようになったのです。

NDAのNDAを試みる

この事前商品説明会というのはNDA(Non-disclosure agreement)という秘密保持契約のもとに実施されます。秘密保持契約書にサインをしてもらうことにより、その情報に対して発表会までは口外しないという契約になるのですが、「LOOX」の場合は商品発表までの時間が一か月程度しかありません。当時はWEB媒体より紙媒体が中心だった時期ですから、すでに各媒体の特集などが決まってしまっています。発表時に「新製品情報」という形で掲載して頂くこともできましたが、今回は従来の規格に収まらない商品、そしてある意味社運を賭けた大きな転換となるべく投入した商品でもありました。そのため、「発表される頃の雑誌の特集について、事前に情報を出すことで、特集たる誌面にしてもらえるようなNDA」を行うことにしたのです。

といっても発表3か月前となるとまだゆるゆるの要素しかなかったり、パソコン本体を見てもらうにしてもモック(見本品、性能はでませんが、形状は本物に近い試作品)しかなかったりと、完成品のイメージは出せません。そんな状況の中でこの商品がどれだけ市場にインパクトを与えるか、必ず大々的に露出して予定であることなどを思いだけで説明をするのです。

当然、すべての情報をすべての媒体さんに出すわけではなく、こんな特集誌面を作ってほしいと思う媒体の編集長にピンポイントで説明に上がりました。反応はそれぞれで、もう少し概要が分からないと何とも言えないとされることもありましたが、その頃は心の筋肉も強くなってきていたのでへこたれず、誌面での特集に組み入れてもらおうと交渉を続けます。おかげで編集部の特集企画を考える企画会議に間に合い、タイミングよく「LOOX」の発表時期の号に「モバイルパソコン」の特集をしていただけるようになり、そのターゲットとぴったりな「LOOX」をクローズアップしてもらうことができました。

新商品に対するNDAは広報が持たされたぎりぎりの権限。本来情報を外に持ち出すことは非常に危険です。誰彼かまわず情報を出すと事故が起きます。限定された人にしか出せない事前情報で各社が媒体にプレゼンを行い、媒体がどれを採用するかを決める。その作業のもう一歩手前で、限定的ながらできる限りの情報を提供して、誌面つくりに貢献する。こんなスタイルを始めたきっかけにもなりました。

もちろん、通常ラインアップの投入だとこういうことはなかなかできません。ただ、エポックメイキングな商品を出すということは、媒体社に言いかえればそのスクープを取れるかどうかということ。雑誌の売り上げも変わってくるでしょう。そうであればお互いの利益は一致するはずです。メーカーからの情報が少しでも早ければ、媒体側も準備や特集が組めて、その結果、読者にも最新の情報が正しく伝わります。さらにはお客様からの評価につながり商品が売れる、そんなとてもシンプルな流れを作りたかったのです。

フィードバックをする人がいなかった時代

すべてを新しいトピックスで固めた「LOOX」は大きな話題を生みましたが、「Pentium III」が発表されたことでバイオC1やLibretto ffなど、市場にミニノートブームがやってきます。ミニではないですが、AppleからはカラフルなiBookがリリースされ、パソコンにもデザイン性が重視されてきました。

技術の粋を集めた「LOOX」も新しいデザインを施しましたが、デザインブームに埋もれがち。この波を乗り切るには、統一した言い方を続けることができる骨太なコンセプトが必要です。「LOOX」は「いつでもどこでもこれ一台でインターネットに接続できる」「軽量化がモバイルの神髄」の2つを全面に出してPRを行ってきました。時には「それでどういうメリットがありますか? 多機能の方がよいのでは? バッテリーも大容量を積んだほうが使い勝手が良いのではないですか?」という質問をいただきました。革新的な新しい機能を乗せた商品を出すことで犠牲になっている部分は多々あったのです。

ただ、社内だと「〇〇を実現するからここは仕方ない」ということが暗黙の了解になりがちでした。ですが、マーケットを知る記者たちはその矛盾を一発でついてきます。それは社内的には熱い思いに水を差す一言でもありました。社内で事業部と企画が練りに練って作ったコンセプトを真っ向から否定する記者はいませんが、いろいろな市場背景や他社ユーザーの動向も把握したうえでコメントをしてきます。

この相対的なユーザー動向というのが曲者で、それぞれのメーカーは大体自社ユーザー情報しか知りえません。そもそも自社製品を買った人のコメントですからそれは評価が高く、マイナスな評価があったとしてもそれは本質的にNGの評価ではないのです。他社ユーザーの情報については市場調査や代理店のデーター集計を参考にしますが、それが全てを網羅していることはあり得ません。各社のもつ重要な、まさに宝のようなユーザー情報を知り得ているのは記者なのです。

そういった記者の声は宝の声。厳しいことを言われてもそれがアドバイスであるならばきちんと社内にフィードバックしなければ、そんな思いで媒体社や記者のみなさんからの声を社内で話すようにしました。

しかし、それは「商品化に水を差す発言」としてとらえられ、受け入れられるどころか煙たがられるようになりました。「そうは言うけれど、うちの商品の方がこの部分が優れているよ」。上司でもない人間にコメントされても、誰しもがあまり聞く耳を持ってくれませんでした。メディアの声は私の所で止まってしまったのです。そうして保守的な私は少し口を閉ざすようになっていきます。良い評価はすぐにフィードバック、悪い評価もレポートはするものの、それをどう解釈するかどうかは報告先の社内に任せました。会社組織である以上それ以上のことはできません。ですが、それは広報魂にとって厳しいことだったのです。

▲島根富士通の工場

どうすればこの現状を理解してもらえるか。「そうか、自分が言って聞く耳を持たれないなら記者に直接言ってもらえばいい」。そう思って始めたことは、社内の経営陣に対する取材機会の強化。当時の生産ラインは福島と島根にありました。そういった製造拠点へ編集部に取材へ行っていただき、経営陣に取材対応をしてもらうことにより、記者の考えていることが直接伝わる場をつくるようにしたのです。

私が100の説明をフィードバックするよりも一晩で話す経営陣と記者の会話はストレートであり正確です。同じことを言っても受け取られ方が違う。多少残念に思いますが、社内の声と社外の声は重みが違いました。自分のできる広報スタイルは自分がメディアに商品の説明することだけではなく、メディアと社内をダイレクトにつなぎ人と人の会話を拡げ問題を解決していくスタイルであると思ったのです。

この頃の考え方で自分の広報スタイルは確立し、以降ずっと心がけできたやり方となりました。舞台袖で演者を見守るディレクターになる。それが役目だと。そして商品だけでなく人にフォーカスすることが商品を伝えることになると感じてから「人=会社の理念」を伝える手法と思ったのです。そのお話は次回に。

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秋山岳久

PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報する事。齢55を超えても一歩ずつこの夢に向かい詰めている現在進行形。


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