世に出るのが早すぎたPDAと女性向けPCの罠。市場が飽和し始めた1990年代後半:PC広報風雲伝(第5回)

その当時はザウルスを使っていました

秋山岳久
秋山岳久
2020年08月24日, 午前 06:50 in pc-kouhou
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広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。5回目となる今回は1990年代後半、PDAや女性向けパソコンなどターゲットを全方位に展開した頃のお話です。


こんにちは。前回は、AT互換機「FMV DESKPOWER」が市場投入され、世の中のPCがDOS/Vに変わりつつある中、NECは一歩出遅れた感があり、そして満を持してのVAIO登場、そんな頃のお話をさせていただきました。現在に至るPC戦略の基礎ができかけてきた1990年代後半ですが、それはだんだんと市場の飽和が見え始めてきた頃でもあります。

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PDA時代の到来

店頭販売が中心だった当時、売り場に来るのは男性かつ、知識をある程度持っている人ばかりでした。そういったデジタル好きな人々に向けた新しいデジタルツールとしてPDAが乱立しはじめます。

「INTERTop model 20」

そのブームに乗り、本格的PDAとして「INTERTop」を発表します。厚さ3cm、重量750gと当時は画期的な商品でした。コンシューマー向けと言うよりビジネスユースであり、立ち位置が難しい所はありましたが、キャラクターに読売巨人軍の有名選手を起用して大々的にプロモーション展開を行います。

この新商品のリリースにあたり会社は新しいことを始めました。それはFM TOWNSが社内に起こした功績でもあると思うのですが、INTERTopの販売推進部隊を組織するにあたって社内公募システムを採用したのです。その結果、社内のいろいろな部署から人が集まってきました。新しいビジネスを創造するため、気持ちの入ったメンバーばかりが集められます。

当時の社内的には珍しい事であると思いました。ある意味新しい試みです。FM TOWNSをはじめとしたコンシューマー向け製品が社内で注目されてきたことで、大勢の人が販売推進に異動してくるようになり、部隊も大所帯になっていきます。

「OASYS Pocket」

この頃PDA市場は大流行り、OASYSも「OASYS Pocket」として好評を得ていました。また、シャープのZaurus(ザウルス)はもちろん、東芝のLibretto(リブレット)やNECのMobile Gear(モバイルギア)など、価格や用途はそれぞれですがいずれも「できるビジネスマンが持つPDA」的な印象がありました。コンシューマー向けパソコンが市場で認知され、そしてビジネスマンが持つツールはシステム手帳からデジタルになり、PDAを持って打ち合わせに参加する人も増えてきた頃ですね(のちにやっぱり手書きが良いと、紙の手帳に戻る人は多かったと思います)。

左から順に「Zaurus PI-3000」「Mobile Gear II MC/R430」「Libretto 20」

しかし、商品としては新しすぎ、実売で10万円程度と高めの価格帯であり、そして何よりも快適な操作というにはまだまだエンジンが力不足な所がありました。それを敏感に察したユーザーは金額との兼ね合いも考え躊躇します。その結果、INTERTopは「FM TOWNS マーティー」同様、大ヒットとは行きませんでした。新しいことを次々に打ち出す中で"必要性"がより求められ、新しい事はいいことだ的なバブルの崩壊とともに財布の紐もしっかりと締められ始めたのです。

そして何よりも私はこの商品を使っていませんでした。PRをする身でありながら当時はザウルスを使っていまして、仕事とはいえ2台のPDAを持ち歩くことを良しとしなかったのです。そのためかどうしてもPRに力が入りません。メディアの人と話していても「INTERTopはここがいい」というコメントが出てこなかったのです。カタログに書いてあることを言っても人の気持ちには刺さりません。使った人でないと言えないコメントというものがあると思うのですが、その時自分はそれを実践しませんでした。というかカタログに書いてあることの上っ面だけの知識しかなかったと思います。

のちに「この商品は私の子供」と言う某社の広報と知り合うことになるのですが、商品をPRするという事はそれなりの覚悟がないとできない、仮にできたとしても伝わらない、思い返せばそういうことだったのです。

女性向けパソコンは誰が買う?

しかしまだまだその頃のメーカーには体力と勢いがありました。DOS/Vの標準化により市場のPCに統一感が持たれ、結果として主要メーカーだけでなく様々なメーカーがPC市場に参入し始めます。

技術の革新は依然進んでいましたが、「使う人にあった商品を使いやすいシーンと共に訴求して出す」というムードが出てきます。それが新しい層である女性に向いていき、「女性でも使いやすいPCを」という思考に変わりました。「女性を店頭に!」というムーブメントです。

従来のユーザーだけでなくより大勢の人々に来てもらいたい販売店の方々もターゲット別の販売コーナを作ります。「ワープロや表計算を利用した業務用に」「プログラミングやゲーム用に」と使われてきたパソコンが「趣味の時間を満喫するツール」になりつつあるわけです。そしてターゲットは女性層に向かいました。

世の中には男女半分ずつるわけで、パソコン売り場に女性も来てもらいたいと思い始めるのです。そのために店頭ツールをカラフルにしたり、可愛いデザインを採用したり、ノベルティなども女性に喜ばれるものを、と意識し始めます。

1997年11月発売の「FMV-DESKPOWER プリシェ」

従来のパソコンを見せ方だけ変えて"女性に最適な"と謳っても限界があります。そんな状況の中、1997年11月に新しく市場投入されたのが「FMV-DESKPOWER プリシェ」でした。完全にオリジナル仕様の液晶一体型のデスクトップ型パソコンです。女性を意識した省スペース化を図ったこのパソコンは"プライベートルームサイズ"というコンセプトで、デザインにもとことんこだわり、若い女性をはじめとする幅広い層へアプローチしました。

このターゲットに対しては会社も店頭も今までに経験値のない事で、拡販活動にも右往左往しました。例えば、自分の部屋のコーディネートに合わせてスピーカーネットが3色から選べるのですが、店頭でカラーを選ぶのではなく、最初から3種類のスピーカーネットが同梱されています。まあ、ネットを毎日差し替える人はいないので実質他の2色の部材は無駄になってしまうのですが、それはそれ。"画期的な機能、いつでもイメージを変えられるあなた好みのパソコンライフを"というコンセプトのもとOKとされます。

本体上部に取っ手があるので、それを訴求しようとポスターなどで女性が持ち歩いているシーンを演出しますが、軽いとはいえある程度の重さはあるため、モデルさんに「軽そうに持ってもらう」指導は大変でした。今ではノートもデスクトップも当たり前のように省スペース化・軽量化が図られ、デスクトップの方が実は省スペースでは? と思うほどに省スペース化が進歩しています。このFMV-DESKPOWER プリシェはそのはしりの商品だったのではないでしょうか。

この頃プロモーションを行う中で新しい発見をしました。”女性向けパソコンを女性は買わない”です。まあ、実際はそんなことはなく、極論になってしまいますが、自分はそう思っていました。

もちろんそのスタイリッシュなデザインで好評を得ましたし、なにより省スペースのパソコンとして十分な性能を持っていました。ただ、女性向けをあまりに訴求したために"機能が簡易的で劣っているのだろう""女性向けにアレンジした部分コストが高く感じる""女性向けっていう特殊なパソコンでなくて普通のパソコンがほしい""男性に訴求をしていないので結果として世の中の人の半分にしか訴求していない"などなど、課題が山積してしまったのです。

売れていたらこんなことを言われなくても済むのですが、絶好調とは言えない販売実績に対して厳しい意見が続きます。これらの話はその後幾度か繰り返される女性ターゲット製品の度に起きました。

2007年に発売されたキッズケータイ「F801i」

女性向けだけではありません。例えば、子ども向けの携帯電話を出した時に市場調査の為、子ども向け雑誌の読者イベントに商品のヒアリングをさせてもらいに行ったことがありました。新商品を喜んでくれると思っていたのですが、答えは散々なもの。"子どもが使うやつではなく普通の電話がほしい"とまったく受け入れられていない商品がそこにはありました。製品開発からすれば、子どもでも使いやすい機能と持ちたくなるデザインを通常の携帯電話に施したわけですが、肝心のターゲットである子どもたちに見せると"そういうのではなくてお父さんが持っているかっこいい携帯がほしい"と言うのです。この意見は特に男子よりも女子児童に多い傾向のようでした。"ちゃんとしたもの"の定義は難しいですが、ターゲットに特化しすぎると起きる現象です。

FMV-DESKPOWER プリシェも一般のパソコンとは異なった特殊なもので、家族や親戚から操作を教わる際に"他のものと違う"と思われて敬遠されてしまったり、互換性に不安を覚えてしまったりすると、子ども向けの携帯電話と同じように感じられてしまうのでした。もちろん実際には通常のDOS/Vパソコンと同等の機能を備えているわけで、ユーザーの誤解でもありました。ですが、当時の人気女優を擁して大規模にコマーシャル展開をやればやるほど"女性だけ"のものと思われてしまい、さらに"本当に女性が求めるもの"の機能が何なのかの本質が見つからないままに施策を打ち続けます。

その結果、FMV-DESKPOWER プリシェは大ヒットとはならず、広告やメディアでの派手な展開だけが残りました。それでもメディアの皆さんにはある意味、1点に特化したこの商品は評判がよかったです。"メディアが喜ぶ商品は売れない"とメーカーの宣伝部で言われ始めた頃でしょうか。それだけ多種多様なターゲットに訴求する商品が出始めたのです。

1999年発売の初代らくらくホン「P601es 」

この類の商品で成功したものは「らくらくホン」ぐらいなんじゃないかと思います。事実パソコンの平準化は進み、多方面に打ち出す商品の販売促進活動は苦労の連続でした。そしてその経験は次に訪れる女性ブームの時に活かされてくるのです。

そしてプロモーション活動の傍ら、新しい仕事として雑誌社と向き合い始めてしばらくが過ぎた頃に部署の担当替えがあり、今まで一般誌の対応だけだったものがパソコン専門誌も担当することになります。

一般誌の対応はそれまでの業務とそう大きく変わらなく、当時はPC関連を取り上げる一般誌の媒体数も多くなかったのですが、全媒体の担当となったことで私の業務はプロモーションではなく広報活動へ完全にシフトしていくことになります……今回も長くなってしまいましたね。この続きは次回に。

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秋山岳久

PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報する事。齢55を超えても一歩ずつこの夢に向かい詰めている現在進行形。

 
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