広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。9回目となる今回は、小型モバイルPC「LOOX」のPRでいろいろな施策に挑戦したお話です。


こんにちは。前回は、ミニノートPC市場で注目を集めた「LOOX」の市場投入についてお話させていただきました。このLOOXの登場で広報の面白さ、ノウハウもかなり貯まってきました。当たり前の話ですがプロダクトを世に出す手段としての広報戦略は多岐にわたります。そんなことに取り組んでいた時、いくつかの大きなトピックスがありました。

LOOXの登場は業界でも話題を呼び、従来のパソコンに比べ飛躍的に多くのメディアで紹介されるようになります。そして、パソコン専門誌だけではなく一般誌でも「モバイルパソコン」として「いいね」と言ってもらえるような商品でした。アピールをしやすい先進的な商品と出会ったおかげで、ここぞとばかりに守備範囲も急拡大。今までNDAでなんとなく聞いてくれていた媒体までもが記事にしてくれるようになります。

より多くの人に伝えていくにはどうすればいいのか。そのためにはインフルエンサーが必要。先進的なモバイル機として投入したこの商品には、ガジェット好きやモノにこだわるファン層がたくさんいました。むしろモバイルビジネスを支えていたのはそういったお客様でした。そんなマニア層の人たちにどんなことをすれば満足してもらえるか、そして初めてこの商品に「ピン」ときたビギナーユーザーに向けて何を伝えればいいのか、この両輪で考えていったのです。

とことん話してとことん理解してもらう場を作る

LOOXは発売以来、何代かを経て進化していきましたが、毎回話題になるのは「超小型軽量への挑戦」。「ガンダムみたい」といわれたモデルは超小型の極みでした。実際に組み立て工場の島根富士通ではあまりの細かさにピンセットを使って配線を整えるなど、従来のパソコン製造とは異なる努力をしていたほどです。

パソコンには基本となるマザーボード(パソコンの中心部となるCPUなどを配置する基板)があり、島根富士通ではそのマザーボードにCPUやメモリ、ハードディスクや各種インターフェイスなどを取り付け、組み立てを行っています。パソコンが組み立て終わると耐熱テストや稼働テスト、アプリケーションのインストールや、出荷に関する備品の梱包などを経て一人前のパソコンになって出荷されるわけです。

一日万単位で製造する時もありますので、いたって普通の流れ作業として組み立てられていくのですが、機械の音で騒がしい工場内では人の声がほとんど聞こえません。精密機器を扱っている事もあり、みなさん真剣。なんと言えばよいかわからないのですが集中力がものすごいです。製造に全神経を集中させて望む。だからこそ不良品ゼロを目指し、それを実現させている部隊でもありました。

モノづくりのプロフェッショナルがピンセットを使って組み立てるなんて……。それまでのパソコン製造の常識を覆していました。そんな細かい作業が話題になる中、当時、月刊アスキーのカリスマたる遠藤 編集長が取材に来たのです。

取材自体はごく普通に行われ、島根富士通経営陣へのインタビューなどが行われていきます。また、編集長のアテンド役としてモバイルPC事業を統括する事業部長が同行していました。工場での取材から見学、そして深夜に及ぶ熱の入った「モバイル論」を交わす中、そこに同席して貴重な話を聞けたというのも広報冥利に尽きます。話しは幾度か脱線し、そしてまた戻ってくる、の繰り返しでしたが、単に自社製品の事だけではなく、業界全体の知識を仕入れるにはとても良い場でした。

何しろ各社の最新情報と市場動向を知っている方です。もちろん、暗黙のルールがあり、他社の発表前商品については我々も聞かず、編集長も応えません。ですが、すでに世の中に投入されている他社機の動向を知るには十分な場であったのです。

こういった時間はとても有意義で何よりも自社の経営陣とメディアの接点を作る事、そして多忙なVIPの方々にしっかり時間を取ってもらい、とことん話していただくという意味でこの泊り取材は効果的でした。

メーカーとメディアは信頼関係が重要。当然仕事での関係ですが、それを超えて人と人との関係を作らなければ仕事として面白くありません。お互いの人生に影響し合えるような仕事。そんな仕事になるよう、泊り取材はお互いの距離を縮めていく場なのです。

最も重要な時間は前後の五分間

すでに10数時間たっぷり話をしたのですが話は尽きず、そして最後には本当の思いやちょっとした希望、要望を会話できる関係になりました。正式な会議や取材で話す感じではなく、雑談の内容が得てして最も重要なことがあります。1時間の取材よりもその前の5分、終わってお送りする5分に意味があることもあるわけです。

取材中はスピーカーたる取材を受けるものと、取材者である編集者との時間。お互いの真剣勝負は聞く側と聞かれる側の攻防です。聞けない事を聞き出したい、言えない事を言わないという緊迫した時間の後のほっとした帰り道が一番リラックスした時。双方に笑顔もこぼれます。

そんなわずかな時間。私が割り込めるのはこの前後の5分だけであると思っていました。そして、そこに自分が話したかったことを端的にまとめて一気に話して次の取材のアポを取ったり、次の興味を感じてもらえる話をしたりするのでした。

そして、そんな余った時間。取材をすべて終えて、空港に到着し、少し時間があるからと空港内の喫茶でのんびりしていた時の出来事です。もうネタはないほどに話しをしていましたが、最後の最後で編集長の本音に近い熱い思いが出てきました。

出雲空港で生まれたアスキーコラボLOOX

「こんなに小さなモバイルなんだから、Bluetoothを内蔵したらガジェット好きにはたまらないと思うんですよ。そういう商品を作ってくれるとニーズは必ずあると思いますよ」と編集長。すっかり編集長と意気投合した事業部長は「それいいですね、つくりますよ、全然作れるでしょう」と軽く笑顔で答えます。

まさに奇跡の瞬間です。この場で新しい商品化が決まろうとしているのです。そこで、私も追い打ちの一言「それってどれくらいでできるんでしょうか? 結構時間かかりますよね」と釣りの一言を言うと、編集長もその返事を聞きたそうに事業部長を見ます。「いや、すぐできるよ、元々できるようになっているし」。やりました。お言葉頂きました。「わかりました、戻ったら話を詰めますので、事業部長からも担当者におねがいします」と私。「いいよ」と事業部長。タイミングよく搭乗便のアナウンスが流れ、あっという間に商品化が決まりました。

もともとガジェットについては超こだわりを持っていた当時週刊アスキー編集(現Engadget 日本版編集長)の矢崎さんと心の中でガッツポーズ、おのおのの社内・編集部でこの話を進めていこうとほくそ笑んでの搭乗だったのでした。

いわゆるアスキー Bluetoothモデルです。LOOXというモバイル製品は新しいだけに壁もたくさんありました。反面、すべてがチャレンジであり、多少無理があっても許されたのです。

そうして、出雲空港で決まったアスキーコラボモデル。会社に戻って事業部や販売部門と話しますがここで思いっきり流れが止まります。

商品企画部にまずこの話を持っていくと、話の経緯から始まりビジネスプランはどうなっているかと質問攻めに会い、本丸の事業部に説明すると、話は聞いているけれど開発がバタバタでリソースがなくて厳しいと言われ、販売部門は「それって売れるんだっけ?」「余ったらどうするの? お前の家に保管してくれる?」とまで言われる始末。そうなのです、降って湧いた話に対し、社内が簡単に賛同するはずはないのです。

さらにトップダウンということが話をややこしくします。「やらなければいけないのかもしれないが、できれば理由を明確に出して断れないものか」、そんな雰囲気すら漂います。この頃LOOXの斬新さは世の中でも評価されていましたが、コストが市場価格に追いつけず、販売面では苦戦していました。それでも最先端のテクノロジーを提供したいと努力していた最中。ぎりぎりの開発陣にとってこの話は手放しで喜べなかったのです。でもあの編集長と事業部長の笑顔を思い出すとここでくじけることはできません。

あまりよくわからない原価計算など、商品を作るのが難しいということをたくさん聞かされます。幸い店頭モデルではなくWEB限定モデルでということだったので、店頭営業からのコメントはなかったですが、WEBの営業部隊からもチクチク言われました。それでも開発担当者の若手は「こんな商品を作りたかったんです」と目をキラキラさせて語ってくれます。要はみんな新しくて夢のある商品を作りたい気持ちに変わりはありません。あとはその交通整理をいかにするかという事。従来は企画部門からスタートする商品化ですが、そこに広報部門が割って入るとハレーションを起こしてしまうのは当然と言えば当然……。それでも出雲空港で語ったことを実現するために思いっきりストレスをためて進めたのでした。

乗りかかった船でもあり(よくこういう事を繰り返していました)ここで自分が無理ですね。とか編集長に「すみません、開発スケジュールの兼ね合いもありもうちょっと先に検討するということで」と生ぬるいことを言えば楽になれる話でした。それは誰も文句は言われないし「しょうがないですよね」と理解してもらえることでもありました。

でもこの「しょうがない」という言葉が大嫌いなので、諦めず何とか進めては怒られ、進めては面倒くさがれて動いていきました。作るのも売るのも自分ではないので、そこは社内の関連部門に動いていただくために感謝とお願いをするしかなかったのです。

そしてようやく商品ができあがり、予定台数よりも少なめでしたがリリースする日が来たのです。「あ~約束を守れてよかった」とほっとしたのが正直な感想でした。どれだけ売れるかはこれからだなと思っていた矢先……。

発売されたその日、お昼過ぎに「もうWebで買えないですよ!」と編集部から連絡が来ました。「えっ」と思い販売部門に問い合わせをすると「もう全部売れてしまった」と、あまりに意外な結果。編集部からは「売れますよ、この仕様はニーズがあるっていったじゃないですか」と勝利宣言のようなお言葉。そうなのです。PCマニアの心をとらえた商品は販売初日の早い時間に完売してしまいました。

当然増産! という話もすぐに出たのですが、やはり再度作るのは3か月かかると言われ編集部にも相談して増産は見送り。今後の商品化の参考にしていくというところで落ち着きました。あの出雲空港での2トップのお話はここに大成功に終わったのです。

ユーザーニーズを誰よりも肌で感じている編集長のカンでできた企画。それをすぐに受け入れてくれた経営陣。その2人の間に入って対応したほんのちょっとだけの仕事でしたが、面白かった仕事の一つです。

メディアの言葉を鵜呑みにするわけではないですが、きちんと聞いてフィードバックする事が会社にとってもメディアにとってもプラスになり、それが広報の醍醐味でもあると感じた出来事でした。

でも、売れなかったら地獄が待っているわけで、その恐怖感もたっぷり経験させてもらいました。オリジナル商品の魅力と怖さです。

多少前後しますが、このLOOXという商品を通じて感じたのは、なんだかんだ言っても商品は人が作っているということ。当たり前なのですが、商品には開発者の思いがあり、それを世の中に伝えるというのは経営思想でもあり、そういった会社であることに誇りを持っていました。「人=会社の理念」を具体的に表現する。そのお話は次回に。

PC広報風雲伝連載一覧


秋山岳久

PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報する事。齢55を超えても一歩ずつこの夢に向かい詰めている現在進行形。