広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。22回目となる今回は、最近投入した外付けキーボード「UHKB」の開発秘話についてお話ししたいと思います。


企業は絶えず新しい商品を作って世の中に投入していきます。それは画期的なものであったり、そうでない「つなぎ」と思われるような商品であったりさまざまですが、いずれもしっかりとしたロードマップに則って出てくることが大半です。

ロードマップに則って出てくるってことは少なくとも3年前くらいから「この時期はこんな部材が出てきて量産されてくるので、コストも見合ってくるだろうから投入できるはずだ」とか「○○のロードマップでこんなものが出てくるからそれを組み込んで市場に投入しよう」といった計画が組まれています。

世の中、大体同じ時期に同じような商品が出てくるのはメーカー同士が談合をしているわけではなく、PCに組み込むCPUや部材が技術革新により同じタイミングででてくるため。それを活用して組み上げるので似てしまうんですよね。

そんな中、全く違う新しいものが出てきた時に人はどう思うのでしょう。大抵の人は「あ、いいね」とか「ほう、すごいね」とか「いらないんじゃない?」など、それぞれの感想を持つと思います。気に入った人はそれを所有したり、話のネタにしたりすることもあると思いますし、そうでない人はそのままスルーするのが一般的でしょう。

それが自社製品となるとまた違った感情が生まれます。従来の第三者の客観的な評価に加え、「これが売れたら儲かる」(評価や給与が上がる、そうでなくても話題となればなんとなく最終的に利益がありそうだ)というポジティブな評価をして一緒に協力しようとする人がいる一方で、多少はネガティブな印象を持つ人もいると思います。それは直接自分の仕事に降りかかってくる方に多いでしょう。「これが出たら面倒そうだ」(仕事が増えてしまう、ちゃんと売れるのだろうか、売れないと売り上げに影響がでてしまうかも)というネガティブ要素は近い存在であればあるほどあり得ます。


さて、今回、久しぶりにモノづくりの現場を目撃しました。それはまるでドラマのような世界でした。自分が直接関わってきたモノづくりとは勝手が少し違いましたが、それでも今までの経験をアドバイスという形でサポートをしてきたのです。

2020年4月16日、コロナの足音が迫る頃。エンガジェット日本版の編集長、矢崎さんはいつもの取材と違った思いを持って齋藤社長(現 会長)の取材に向かいました。20年度のスタートとして、エンガジェット編集長として、メーカー社長への取材。それはごく当たり前のことですが、このときはもう一つお土産を持ってきたのです。

矢崎さんと言えば、過去にもお土産案件での取り組みがありました。数年前、それまで仮名刻印が当然だったキーボードへの「かな刻印無しモデル」の提案です。これは取材というよりも取材のあとの雑談の中での出来事でした。

その時に社長は「そんなのはすぐにできる」と言っていて、そのときのやりとりをそのまま記事で掲載していただいたのです。結果として少し時間はかかったものの、富士通としては初めてかな刻印無しキーボードをリリースすることになったのです。

このときも「何台作るか」という議論がありました。「かな刻印無しなんて売れない」「かな入力って使ってないよね」「いや、今までそんなものを作っていないので出していいのかわからない」「部材の問題が」「金型が」などなど……たくさんの課題を抱えた中、当時の事業部長の英断もあって、これは成功しました。ニーズが多くはなかったかもしれませんが、ビジュアルイメージもよく、メディアへの露出も増え、広報的にも良いプロモーションとなりました。

さらに昔に遡り、アスキーの遠藤編集長が当時のモバイル事業の責任者、五十嵐一浩本部長と出雲空港のカフェで盛り上がり、LOOXのBluetoothモデルの発売を決めた際に同席していたのも矢崎さんでした。(LOOXのBluetoothモデルは発売初日に完売という偉業を成し遂げています)そんなわけで、矢崎さんはこの手のスペシャルな企画の成功体験を持っている数少ない編集者なのです。

話を2020年に戻します。矢崎さんは齋藤社長こう伝えました「最高に使いやすい外付けキーボードを作って欲しい」と。すると齋藤社長は数年前と同様に「それはすぐにできるよ」と答えます。この日から1年3か月後に日の目を見る「外付けキーボードプロジェクト」が始まったのでした。

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UHKBプロジェクト始動

「作って下さい」「作りましょう」で話は終わりません。具体的に誰がいつどういう仕様でどう販売するかということは当然真っ白な状況でしたので、まずは取材という名のヒアリングから始まります。

外付けキーボード自体は以前の商品があったので、それをベースにスタートしました。「これと同じ商品を作りたい」「金型がない」「タッチパッドをつけたい」「大きくなってしまうがいいのか」「最軽量を活かして欲しい」「大きくなるとそれは無理」といったさまざまな課題があり、モノづくりが簡単ではないことを思い知ることになりました。

偶然時流に乗って生まれた商品はその時の流れであって、あとからリメイクしようとしても基本的には新しいものを一から作ることに変わりないのです。それは膨大な作業に思われました。どうしても良いものを作りたい矢崎編集長、要望を聞きたいが技術的に難しいと突っぱねる事業部。それでも話が中断しなかったのは「こういうものを世に出したい」という気持ちが一致していたからだと思います。

LIFEBOOK UHシリーズは世界最軽量PCとしてその座をずっとキープしているトップブランド。このトップブランドを支えるキーボード部分を担当しているのがキーボードマイスターと呼ばれる事業部 藤川課長でした。小さくても打ちやすさを犠牲にしないという設計には「お客様がPCに最初に触れるのはキーボードである」というPCの中で最もフロントに位置する部分を担当している気概があるのでしょう。

ただ、藤川課長は「できそうにないことはできない」というタイプ。普通の取材だとそこで終わってしまうのですが、矢崎編集長は違いました。「なぜできないのですが、この部分をこうしたらできるのでは」と突っ込んできます。技術面に非常に詳しい編集長だから技術陣と対等に話が進みます。これに対して「こうすればできないことはないと思いますが」と引き出しを開けてくる藤川課長。このあたりのやりとりは一つ一つが商品仕様に反映されており、まさに“創っている”作業でした。それでも解決しないことはいくつかあり、これは長い間検討を続ける事になります。

タッチパッドは必要か?

「タッチパッドを付けるか否か」という点についても議論は分かれました。付けないことにより極端に省スペース化が図れ、また今回の発案の基本になったキーボードにとても近くなります。当初はそのモデルのリメイクも検討していました。しかし、ここでも矢崎編集長のこだわりが出てきます。「タッチパッドがないと結局中途半端なものになってしまうので組み込みたい」。どうしても譲れないというのです。

それに対しデザイン部門は反発します。「それでは軽量化、省スペースは物理的に無理ですよ」と。どちらを選ぶかはかなり議論しました。本当に必要なのか、あればいいのか、なくてもいいのではないか? 議論は空転します。何度かの仕様変更で最終的には「省スペースは絶対だが、かといって中途半端なものを出しても意味がない。ちゃんと使えるもの、UH同等に使えるものでないと理解は得られない」というところに着地し、あえて大きくなってしまうことも受け入れ、タッチパッドを採用することに決めたのです。これで仕様が大きく固まりつつありました。

この打ち合せにはデザイン部が同席していました。今回のモノづくりにおいて、デザインは仕様にも勝る重要なポジション。背面のUSBの位置から製品細部のカットまで細かいところに手を加えていきます。プレゼンで何度もデザイン案を出してもらい、そこに装置を実装する事業部、「こういうものが欲しい」という矢崎編集長、三つ巴の戦いでした。「デザイン的にはこうしたい」「それでは収まらない」「これは必要ですよね」そんなやりとりが続きます。

タッチパッドを配置したおかげでイメージはUHシリーズのキーボードとほぼ同じサイズ感となりました。元々打鍵感はUHキーボードの仕様を使う予定でしたので、この点は満場一致で進んでいきました。

バックライトと駆動時間の関係も使用時の利便性と電源から見た利便性を議論、ちゃんとしたバックライトにしたいということで5段階の調整ができるものを採用。電源もフル充電で最長約1か月というパフォーマンスを確保することに成功しました。

カラーについても一色であれば無難に進みますし、損益面でも有利なのですが、「UHならではの特別色を」と矢崎編集長が頑として譲りません。結局2色のカラーバリエーションで話が進みました。

そんなぎりぎりの仕様とコストで進んでいる中、バックラバーに問題が発生しました。キーボードを打つときにどうしても叩く指の騒音と叩いた時の指の触感が問題になります。キーストロークが浅いキーボードなので打っていると指が痛くなるし、打鍵音がうるさい。それをクリアするためにキーボードの背面全体にラバー素材を採用しました。しかし、これでコストと重量が上がってしまいます。ここは削りたいところですが、デザイン面も含めて譲れないところとして「重量とコストが上がっても使った人の満足度が上がるなら」と、採用が決まりました。

この点は本当に驚くべきジャッジなのですが、全て引き算ではなく、中には足し算になる部分もあり、それでいて軽量化を進める。このあたりのこだわりには頭が下がります。そして、まるで技術部かの如く、各所と対等に話ができる矢崎編集長にただ者ではない感が溢れ出ています。

所有欲を満たすパッケージ

パッケージについても長い時間をかけて検討しました。今回は特別な商品。なので、通常の箱では開封時の喜びが半減する。「届いたときに嬉しくなるようなパッケージを」というところからスタートし、最終的に4案ほどのパッケージ案が残りました。

どれも良いと思いましたが、いずれにしてもコストがかかる部分です。台数限定販売となるので、すでに製品コストだけでもかなりの金額。こだわるのはいいが高くなってお客様が買ってくれないのではないか? という不安をよそにパッケージディスカッションは盛り上がります。

結局、「このキーボードはUHから生まれたもの。だからパッケージもUH仕様にしよう」となりました。UHを模したパッケージのキーボード部分にこの外付けキーボードを入れるのです。粋な演出ですよね。でも、心の底で「コストが高くなるのではないか」とドキドキものでした。

そして、「キーボードに名前も付けなければいけない」ということで案を出し合いました。これもイメージ戦略としてはかなり重要。しっかりと話し合いが行われ、開発中に通称のように扱われていた「UHKB」がキャッチーでいいのでは? と矢崎編集長からの提案で決まります。このあたりのネーミングについての重要性は矢崎編集長がこだわっており、メディアとしての意見が活かされました。このようなアドバイスが適所に光っているのです。

 

できないことのピラミッド

価格についても議論がされました。「お客様にとって買いやすい価格で」「しっかりとしたものを作ってそれにかかるコストなら問題ない」「プレミア商品としてこだわり抜いたものであれば価格は関係ない」それぞれ違った意見のように思えますが、いいもの以外は出せないという前提で話が進みます。しかし、価格については営業部門の意見が大事。事業部、企画部門で議論を重ねた商品仕様についてもおよそ説明ができる所まで組み上がってきました。

そして営業部門に説明をするタイミングとなります。会社設立1000日目のイベント「DAY1000」をターゲットに発表したいと目論んでいました。しかしここで予想外の躓きが。「外付けキーボードを出す意味があるのか」「外付けのキーボードは誰が使うのか、Appleユーザーは買ってくれないし、使う人が不在な商品を出しても店頭では売れない」と営業部門。けんもほろろに全否定されたのでした。

事業部の顔色が変わります。企画担当者も営業が売ってくれない商品を世に出すことはできません。台数が見えないと設計もビジネスプランも組み立てることができません。どんな仕様のものが出せるかとみんなで描いていたものが一気に崩壊します。

発表までの時間を考えるとこの時期の作業の停滞は発表ができないことを指します。そして発表しないということは商品化も止まることを意味します。できないピラミッド。突如として巨大な壁に阻まれ、多くの関係者の心は折れ諦めムードが漂いはじめたのでした……。


この障壁をどう乗り越え、どのように商品化まで漕ぎ着けたのか、そのあたりは次回にお話させていただきます。

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秋山岳久

PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報する事。