広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。23回目は前回の続き、「UHKB」が発表されるまで大詰めをお話します。


「いよいよ無理かな……」

店頭販売が主体の組織でお店に卸す営業さんが売れないと言ったら売れないのです。それは今までずっと続いてきた歴史的流れ、社内のルール。商品の特性や市場背景、今の外付けキーボード市場など、できる限りの事を説明した結果「店頭には置けない」というのが答えでした。

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そうなると持ち越しか中止かの選択肢しかありません。しかし、ここまで情熱を持って意見を出してくれた矢崎編集長に本当に申し訳ない気持ちが強く、なんとか他に何か策はないのかと悩みます。当然答えは簡単に出ません。

▲初期のデザイン案

各所にいろいろ相談してみても「誰かがまとめて買い取ってくれれば」と本気かどうかわからない返事……。しかし、いくつかいただいた返事を統合して読み取った結果、「商品が悪いということではない、商品自体は認めてもらえる仕様になっているのだからもっと考えろ」と、理解させていただきました。まあ、究極のポジティブ思想ですが、そうでないと新しいビジネスは生まれないのではないでしょうか。

以前、コンセプトが難しくなかなか売れそうにない商品を出すとき、上司に「この商品ほんと大丈夫でしょうか?」と訪ねたところ、「おまえ、そんなの売ってみないとわからないだろう、売れなかったら売れるように考えるんだよ」と笑顔で笑い飛ばされたことがあります。その時なんとなく安心しました。あ、この人について行けば大丈夫だと。ポジティブ思想は周りをやる気にさせてくれますよね。思いっきり落とし穴に落ちるときもありますが。それも含めて、なんでやっているのだろうという目的意識が大事だと思うのです。そして、今回のプロジェクトにはそれがありました。

▲オンライン会議で議論を続ける

ホワイトナイト現る

そんな折、矢崎編集長から「クラウドファンディングをやりませんか?」と助け船が来ます。クラウドファンディング? そう、スタートアップの企業や新しい商品などを作る際、市場の意見と応援を取り入れて製品化するシステムです。

その世界に疎い私はそれくらいのイメージしかないものでしたが、話を聞くことに。先方の話を聞くと、そのシステムに驚かされます。「なんとなく作りたいという人の案件をWEBで紹介して広めるまでが仕事」程度と思っていましたが、むしろ逆で、とことん寄り添ってくれます。売れる仕組みからその分析、顧客ニーズとデータ管理までシステマチックに構成されたビジネスモデルだったのです。

ただ、この時点で社内サイドは「出しても結局売れないんじゃないか」という不安で溢れていました。クラウドファンディング側は従来のケースと比較してこれはいけるだろうというポイントをわかりやすく挙げてくれます。それはなんとなくいけるだろう、という雰囲気のものではなく、理論的に「この場合はこういった要素があるので売れる」という分析データからの説明でした。

良い商品を作り、それを情熱的に押してくれるメディアがあり、それをお客様に伝えるシステムがある。従来の仕組みとは異なりますが、購入するお客様に良い商品を届けられる。理論としては何も変わりません。そして初のクラウドファンディングの採用を決めたのです。

そこからはさらに大変だったようです。企業は初めてのことを中々受け入れることができません。何度かの役員会を経てようやく承認され、そして営業部門が各販売店に説明を行い、周知徹底したところでキックオフとなりました。大幅な遅れではありましたが、万事徹底してから進める。それは大切なことです。

▲デザイン部のプレゼンは何度も繰り返された

デザイナーの意地

紆余曲折ありながらも2021年1月25日、「DAY1000」イベントがオンラインにて行われます。会社設立1000日目という記念すべきタイミングですが、残念ながらこのタイミングで新しい商品を打ち出すことはできませんでした。

しかし、齋藤社長のスピーチの裏にはこの「UHKB」のプロトタイプの画像が。ほんの一瞬ですが、画面に表示されていたのです。これは確信犯ですね。デザイナーの意地であると思いました。そしてイベント終了後、めざとくこの画像をみたメディアの皆さんからは様々な憶測が生まれてきました。想像以上の反響のほとんどが待望論のような内容であったと思います。思いも寄らない形で事前のヒアリング代わりとなったこのDAY1000での露出。仕掛けは重要といいますが、まさにグッジョブ! だったのでした。

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度重なる社内説明

その後の調整作業も多岐にわたります。WEBで販売するときの仕組みは? 個人情報管理は? クラウドファンディングへのマージンや費用のやりとりついては? すべてが初めてのことなので毎回躓きます。

怒られることがデフォルトになった現場の苦労は想像を超えました。担当者の悲鳴が何度も聞こえてきます。しかし、それも経験として噛み締めてもらうしかないと思っていました。この苦労は必ず実ります。もし、次に同じ事をやればその苦労は半分以下ですむでしょう。何事も経験。時代の流れに沿って生き残るには同じ事の繰り返しだと坂道を下ることに通じます。現職ではないので応援の域を超えないですが、自分の経験値を含め支えて行くことに注力しました。まあ、鈍感力で突き進めと。

そして、プロジェクトはラストスパートへ。まだ100%ではないと石橋をたたき続けてなかなか渡らない人もいましたが、日々形になるプロジェクトに期待感が高まっていきました。化粧箱の仕掛けへの評価も高まり特別感が強調されます。発表に向けた動画作成やプレゼンについても従来の考え方を見直して進んでいました。メディアの取材対応なども着々と準備を進めていきます。新しい仕事は楽しむことが一番です。

あえて仕事を増やしてでも楽しめなければそれはお客様に伝わりません。作り手の思いが伝わるものを、独りよがりにならないものを、それが今も昔も同じモノづくりの原点でしょう。昨今忘れられかけていたこの面白さ、厳しい時代になり、そんな余裕がなくなってきた今のPC市場。また面白くすることもメーカーとしての使命ではないかと思います。

▲バックライトはどうしても譲れなかった

発表そのものにもこだわりを見せました。通常であれば役員が挨拶をし、そして商品担当者が紹介をしてという流れですが、今回はこの仕組みも自ずと変わります。

今回のプロジェクトにおいて大きな発言力を持っていた、エンガジェット日本版の矢崎編集長に登壇してもらったのです。そもそもメーカーの発表にメディアの方がゲストで参加されるということは多々あることでした。ただ、それはあくまでゲストとして。今回の矢崎さんは商品開発者同様、誰よりもこの商品に詳しい方として参加してもらいました。

そして、これが全く広告の匂いのしない純粋なモノづくりの行き着いた形であることも特筆すべき点でしょう。タイアップビジネスは悪いことではなく、市場を盛り上げる良い施策であると思いますが、「色が付く」と言われることもあります。どこかのメディアの色が付くと他の媒体が扱わなくなるという傾向が少なからずあります。我々もそれは考慮しなければならない点でした。

しかし今回は少し事情が異なります。このキーボードに対して情熱を傾け、ここまでお付き合いしていただいた矢崎編集長は、プロジェクトのお披露目に必ず出てほしい存在。別に変なことも、仕掛け的なこともありません。純粋にご協力をいただけたことは今後含めて有り得ない出来事ではないでしょうか。お披露目の発表にはぜひ参加いただきたいとお伝えしたところ快諾いただき、FCCL発表会の初のゲスト登壇となったのです。

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▲3色のラインアップが決定

今回のプロジェクトが何らか市場に一石を投じ、キーボードに限らずモノづくりへの発想が広がれば良いなと思います。クラウドファンディングの活用が広がるかもしれません。

次のビジネスを生み出すために失敗できない取り組みとなることは担当者にものすごいプレッシャーを与えるかもしれません。ですが、それはこのPC市場が立ち上がりコモディティ化するまでPCを盛り上げてきた先人たちも同じ。PCの活用により人々の暮らしが良くなったことは誰しもわかっているはずです。今の現場の人々がさらに暮らしに寄り添う商品を投入し続けることがますます世の中を変えていくことでしょう。

結局情熱が全てを決める

たった一つの思いつきが息絶えず、1年3か月の時を経て世に出されました。簡単なことではなく非常に困難を超えて作られた商品です。

なぜここまで頑張れたかというと「このキーボードはきっとみんなの役に立つ。出たら絶対に喜んでもらえる」という強い思いです。モノづくりの素晴らしさ。そして広報はメディアとモノづくりの間に立ち、側面からこの現場を目の当たりにできる仕事です。モノづくりの人々に作っているモノの価値を伝え、ドライブをかけて世に広める。久しぶりに幸せな現場に立ち会うことができました。この経験はみんなにとっても企業にとっても財産となるはずです。

クラウドファンディングなのでスタートはゴールではありません。それでも予想を大きく超えた順調ぶりのようで関わった皆さんはほっとしているでしょう。最終的にどれだけ売れるかは予言師ではないのでわかりません。どうせわからないなら、確信を持ってやりたいことを実現する為の努力を怠らなければいいと思います。新しい仕組みは確立しました。それをどう活かすかがこれからの課題でしょう。

そして広報はこのストーリーをしっかり伝えていかねばいけません。メディアとのリレーションから始まったモノづくりの課程。また一つ新しい仕事を作ってしまった気がしています。

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秋山岳久

PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報する事。