David Prowse
Star Wars

英国の俳優デビッド・プラウズさんが85歳で亡くなりました。プラウズは198cmの長身と重量挙げ選手から転身した体格を生かして、多くの映画で悪役やモンスター、ボスの手下的なキャラクターを演じた俳優。

フランケンシュタインの怪物を三度、素顔では『時計じかけのオレンジ』で作家アレクサンダーの使用人(ジュリアン)を演じたほか、もっとも有名なのは、映画『スター・ウォーズ』でダース・ベイダーの「中身」を担当したこと。

ダース・ベイダーは複数の役者が集団で生み出したというべきキャラクターで、声は別の俳優ジェームズ・アール・ジョーンズが、死ぬ直前に明かした素顔はまた別の俳優セバスチャン・ショウ(故人)が、複雑な殺陣のシーンはフェンシング選手で振付師のボブ・アンダーソン(故人)が担当していますが、オリジナル三部作の悠然としつつ威圧感あるベイダー卿はプラウズの存在感そのものです。

Darth Vader actor David Prowse at Ottawa Comiccon 2013
Jon Fingas, Flickr

デビッド・プラウズは1935年、英国ブリストル生まれ。恵まれた体格を生かしてウェイトリフトティングで数度優勝したのち映画に出演し、『時計じかけのオレンジ』の使用人役からジョージ・ルーカスの目に止まったといわれています。

『スター・ウォーズ』第一作では「着ぐるみの毛深いゴリラのような役か、メインの悪役か」を提案され、マスクを着けて演じるよりも客に顔を見てほしいと後者を選択。ところが後者もずっとヘルメットにマスクなのは後で分かったと本人が語っています。(「ゴリラ」ことチューバッカを演じたのはピーター・メイヒュー)。

声は本人も喋って収録されたものの、ブリストル訛りのキャラクター性に難を感じたルーカスが「もっとダークな、深い声」を求めて別の俳優を選択。初期はオーソン・ウェルズを想定していたのが、声だけで顔が浮かびすぎるためあまり知られていないジェームズ・アール・ジョーンズになったのはよく知られるエピソードです。

David Prowse
Star Wars

プラウズいわく、三本目の『ジェダイの帰還』でついにダース・ベイダーの素顔が明かされる際、本人が演じると伝えられていたにもかかわらず、実際に演じたのはロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのベテラン俳優のセバスチャン・ショウ。

当時のプラウズは45歳前後で、後にアナキン・スカイウォーカーとして遡って詳細設定されたダース・ベイダーとちょうど同じ程度ですが、当時のルーカスとしてはもっと上の年齢を想定していたこと、短いものの初めてベイダーがアナキンに戻り、親子が素顔で邂逅する極めて重要な場面であることから、当時70代のベテラン俳優であるショウが起用されたようです。

(設定上は死にかけて生命維持装置で生き長らえているため、またアナキンとしては長らく魂が死んでいたようなものなので、老人の俳優が演じるのは筋が通っているともいえますが。)

このため、映画史上でもっとも有名な悪役を演じたにもかかわらず、結局は顔出しナシで一番感動的なシーンは別人、声もずっと別人、殺陣が下手だったので印象的な剣戟シーンでは振付師が演じています(皇帝をぶん投げるシーンはプラウズ本人)。

(余談ながら、ジョージ・ルーカスが後から時代を遡って新三部作を作り、若き日のアナキン・スカイウォーカーにヘイデン・クリステンセンを配役したうえで新旧の「整合性」をとるため改変を繰り返したことで、セバスチャン・ショウの出演場面も一部クリステンセンに差し替えられるなどさらにややこしいことに。

ヘイデン・クリステンセンが若き日のアナキン、のちのベイダーを演じると決定した際は、身長がいくらなんでも違いすぎる(クリステンセンもちゃんと183cmありますが、プラウズよりは15cmほど低い)どうするんだと話題になりましたが、痛々しく辻褄を合わせたのはエピソードIII『シスの復讐』で描かれたとおり)。

このように当人はルーカス・フィルムからの扱いを不当と感じ批判していた一方、ファンからは「ダース・ベイダー役」として愛され、コンベンションなどでは長年ファンサービスを続けてきました(ただし2010年以降、ルーカス・フィルム公式のイベントには招待されず出禁状態。当人によれば、ルーカス・フィルム側からは両者のあいだの橋をプラウズが落としすぎたから、つまり批判によるものと伝えられたとしています)。

ダース・ベイダーの中の人としてファンに愛された一方、長身の人に多い関節の病気に悩まされ、身体障害者団体のバイスプレジデントとして数々のチャリティキャンペーンにも参加しています。英国では交通安全キャンペーンのキャラクター Green Cross Code Manとしても活躍したことから、2000年には慈善活動と交通安全への貢献を称えて大英帝国勲章(MBE)を叙勲しました。