ソニーモバイルコミュニケーションズは2021年2月10日に、スマートフォン新機種「Xperia PRO」を発売しました。春商戦が本格化する中での投入となったXperia PROですが、そのお値段は市場推定価格が22万8000円、税込みで約25万円と、そのターゲットが春商戦の中心となる学生やファミリー層ではないことは明らかでしょう。

Xperia Masahiro Sano
▲ソニーモバイルコミュニケーションズが販売を開始した「Xperia PRO」。性能が最新ではないにもかかわらず価格は税込みで約25万円と非常に高額だ

しかもXperia PROは、同社の「Xperia 1 II」をベースに開発されており、チップセットは「Snapdragon 865」と、クアルコムの最新チップセット「Snapdragon 888」を搭載している訳ではありません。にもかかわらずこれほど価格が高いのはなぜか?といえば、「PRO」という名称にある通りプロ向け、より具体的には映像のプロやセミプロに向けたスマートフォンであり、コンシューマーを対象にした製品ではないからです。

実際Xperia PROには、通常のスマートフォンにはないHDMI端子が搭載されており、ここにカメラなどを接続することでモニターとして活用できるようになっています。ソニーは映像制作の現場で用いられているマスターモニターに強みを持っており、その技術やノウハウを生かしてXperia PROをモバイルモニターとして活用することを提案しているわけです。

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▲Xperia PROは本体底面にHDMI端子を搭載しており、ここにカメラなどを接続してモニターとして活用できる

もちろんそれだけではスマートフォンであることの意味がないのですが、Xperia PROは5G、しかもミリ波にまで対応しています。受信が難しいとされるミリ波の受信状況を目で確認できる「Network Visualizer」というアプリも搭載しており、カメラで撮影した映像をそのまま送信できるモデムとしての活用も想定されているのです。

実際Xperia PROは、ソニーの一眼レフカメラ「α1」「α7S III」などとUSBで接続し、サーバーに映像を直接アップロードすることが可能とのこと。上りの通信速度が従来以上に高速な5Gの特性を生かし、有線などの大掛かりな仕組みを用意することなく、いち早く現場からスタジオに映像を伝送できる仕組みを提供できることも、報道やスポーツなど1秒を争う映像のプロに対する大きなセールスポイントとなっているのです。

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▲実際にカメラに装着しているところ。モニターとしてだけでなく、5Gのミリ波にも対応した高速通信性能を生かして、撮影した映像をすぐ伝送することなども可能だ

ただ特定業務に向けたプロ向けのスマートフォンというのは、これまであまり耳にしたことがない物であることも確かでしょう。なぜソニーモバイルコミュニケーションズがこのようなスマートフォンを開発するに至ったのかといえば、そこにはスマートフォン市場の競争激化が大きく影響しています。

スマートフォン市場はここ5、6年のうちに、中国メーカーによる低価格攻勢によって急速に利益の出せないビジネスになってしまいました。高価格帯で強いアップルを除けばほとんどのメーカーが利益を出すのが難しくなっており、かつて大手の一角を占めていたLGエレクトロニクスが、スマートフォン事業で長年赤字が続き撤退を検討していると報じられるなど、多くのスマートフォンメーカーは厳しい状況にあるのです。

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▲中国メーカーによる低価格化の波は日本市場にも押し寄せてきており、シャオミがソフトバンクからの販売を発表した「Redmi Note 9T」は、FeliCaを搭載しながら税抜きで2万円を切る価格を実現し、話題となった

ソニーモバイルコミュニケーションズのその例にもれず、2014年にソニーグループ全体に影響を与える大きな赤字を出して以降、ずっと赤字に苦しんできました。実際同社のスマートフォン販売台数は2014年以降激減しており、2014年度は3910万台だったのが、2019年度には320万と、5年で10分の1以下にまで低下してしまっています。

一方で同社は、儲からない低価格モデルを減らして利益が出せるハイエンドモデルに重点を置き、同社がブランドを持ち販売しやすい国や地域に集中することで、ようやく黒字化の道筋が見えてくるなどリストラがひと段落してきたようです。そこで同社には事業の拡大を見据えた戦略が求められるようになったのですが、先にも触れた通りコンシューマー向けの市場は既に薄利多売のビジネスが主流で、同社が正面から対抗するのは難しい状況にあります。

そこで目を付けたのがプロ向けのスマートフォンです。価格が非常に重要な要素となってくるコンシューマー向けとは異なり、プロ向けのデバイスは仕事に役立つかどうかが大きく問われることから、高額であっても役立つと判断されれば確実に購入してもらえるので、台数は見込めませんが利益は出しやすいのです。

しかも5Gでは、高速大容量や低遅延といった高い性能を生かした法人向けのビジネス開拓が大きな注目を集めています。そこでソニーモバイルコミュニケーションズは、長年映像機器を手がけており傘下に映画会社を持つなど、ソニーグループが映像に強みを持つことを生かしてXperia PROを開発。映像のプロという新たな市場を開拓することで事業を伸ばそうとしているわけです。

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▲Xperia PROのターゲットは当初より映像のプロや、VLoggerなどのセミプロと明確に定められており、ソニーグループが持つ映像技術のリソースを生かして開発が進められてきた

同様の取り組みを推し進めているのが京セラです。京セラは日本だけでなく、米国でも「低価格」と「高耐久」の2軸でスマートフォンを提供してきましたが、やはり中国メーカーの台頭で低価格モデルのビジネスが厳しくなったことから、現在は高耐久モデルに集中。建設や運輸、さらには警察や消防などミッションクリティカルな用途に至るまで、企業や政府などに向けたビジネスの強化にスマートフォン事業の生き残りをかけているのです。

同社は日本でも高耐久性を生かした法人向け端末を強化しているようで、2021年4月に開始予定のLTEの技術を活用した自営無線システム「MCAアドバンス」に対応した無線機を提供することを既に打ち出しています。ソニーモバイルコミュニケーションズや京セラの法人に向けた取り組みが成功すれば、小規模のメーカーが法人向けを強化、あるいは特化を進めることで生き残りを図る動きは急速に進んでくるかもしれません。

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▲米国は高耐久性を生かした法人向け端末の販売拡大を進める京セラ。日本でもMCAアドバンス用端末を提供するなど、ミッションクリティカル用途向けの端末提供による法人市場開拓に力を入れるという

法人向け端末への注力度合いが高まることは、コンシューマー向け端末の強化を期待するXperiaファンからしてみれば残念なことかもしれません。ですがソニーモバイルコミュニケーションズが、非常に厳しい環境となったスマートフォン市場から撤退することなく、事業を継続するためには安定した利益を出せる法人市場開拓が重要になっていることも、また事実なのです。